松谷 みよ子(まつたに みよこ、1926年2月15日 - )は児童文学作家。
『モモちゃんとアカネちゃんの本』シリーズで知られる。
父は戦前の無産政党代議士だった松谷與二郎。元夫は劇団員・映画監督の瀬川拓男。
1926年‐東京都に生まれる。戦後に作家の坪田譲治に師事。
1951年‐『貝になった子供』で第1回児童文学者協会新人賞を受賞。
1962年‐『龍の子太郎』で国際アンデルセン賞優良賞を受賞。
1964年‐『ちいさいモモちゃん』で第2回野間児童文芸賞受賞。
1992年‐『アカネちゃんのなみだの海』で第30回野間児童文芸賞受賞。
現在「びわの実学校」同人
松谷みよ子民話研究室を主宰。
『いないいないばあ』(童心社)
松平 頼則(まつだいら よりつね 1907年5月5日 - 2001年10月25日)は日本の作曲家、ピアニスト。
子爵松平頼孝の長男として東京市小石川区に生まれる。慶應義塾大学文学部仏文科中退。大学時代からピアノをラウルトルップに、和声学と対位法と楽式論をヴェルクマイスターに、作曲を小松耕輔に師事したが、ほぼ独学。1930年、清瀬保二や箕作秋吉や菅原明朗や橋本國彦たちと共に新興作曲家連盟を結成。同年、ピアニストとしてデビュー。
1946年、清瀬保二や早坂文雄や伊福部昭たちと共に新作曲派協会を結成。上野学園大学教授、日本現代音楽協会委員長を歴任。1972年紫綬褒章、1979年勲四等旭日小綬賞受賞。1996年、文化功労者に選ばれた。2001年糖尿病で没。享年九十四。
松平頼暁(まつだいら よりあき、1931年3月27日 - )は、東京都生まれ、日本の現代音楽作曲家、生物物理学者。
作曲家の松平頼則の長男。祖父の松平頼孝は子爵で鳥類標本収集家。常陸府中藩の藩主であった水戸松平氏の直系の子孫で、同藩の最後の藩主・松平頼策は曾祖父にあたる。出版楽譜によっては、父頼則との区別を明確にするためYori-Aki Matsudairaと書き、さらに生年を併記しているものもある。
1953年、東京都立大学(現・首都大学東京)理学部卒業。この間、作曲とピアノを独学で学んだ。
1950年代より活発な作曲活動を始める。その一方、東京都立大学大学院で理学博士号を得た後、立教大学理学部に着任して大学教員・生物物理学者としての道を歩んだ。立教大学ではその後理学部の教授となり、1996年の定年退官まで務めた。
松平 慶民(まつだいら よしたみ、1882年3月13日-1948年7月18日)は、大正・昭和期の宮内省 宮内官僚。最後の宮内大臣で初代宮内府長官。元越前藩 越前藩主松平慶永の末子。
1896年より12年間にわたってイギリスにて留学生活を送る。1908年にオックスフォード大学を卒業して帰国した。この間、1906年に父の明治維新における功労によって子爵に叙せられる。
1912年に侍従に就いて以来、一貫して宮内省に属し、1934年に式部長官に任じられた。戦後、1946年に宮内大臣に任じられ、翌年の宮内府の移行とともにその初代長官となった。
宮内省では珍しい外国通として知られ、皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)のヨーロッパ訪問やその弟の秩父宮雍仁親王のイギリス留学の実現、戦後のGHQとの交渉に手腕を発揮した。また、宮内省幹部として問題が発生すれば、皇族・華族であろうとも厳しく問責したために「昭和の殿様」と呼ばれて恐れられたと言う。
松平永芳(まつだいらながよし 1915年(大正4年)3月21日 - 2005年(平成17年)7月10日)は、元大日本帝国海軍将校(階級は少佐 海軍少佐)にて、戦後は自衛官 陸上自衛官、大佐 一等陸佐に至る。
家系は旧華族である越前松平家の出身。靖国神社第6代宮司(1978年 - 1992年)。
越前の春嶽松平慶永の長男で宮内大臣(戦後は宮内府長官)をつとめた子爵松平慶民を父として、東京に生まれる。尾張の徳川家を継いだ侯爵徳川義親(靖国会初代会長)は、叔父に当たる。母幸子は、新田家直系の男爵新田忠純の四女。室は侍従武官・侯爵醍醐忠重(海軍中将)の二女充子。
学校法人暁星学園 暁星中学校を卒業後、海軍機関学校(第45期)を経て、1944年(昭和19年)10月、海軍少佐正五位に至る。西貢(サイゴン)海軍部部長として終戦処理を済ませ、1946年(昭和21年)7月、部員47名を率いて、最後の復員船で帰国。戦後は陸上自衛隊に転ずるも、大病に罹り、再起後は防衛研修所戦史室勤務を経て、1968年(昭和43年)、大佐 一等陸佐で停年退官、同年より福井市立郷土歴史博物館館長を務めた。
松平 健(まつだいら けん、本名:鈴木 末七(すずき すえしち)、1953年11月28日 - )は、日本の俳優である。愛称は「マツケン」「ケン様」など。本名の末七の由来は7人兄弟の末っ子だからである。
愛知県豊橋市出身。愛知県立豊橋工業高等学校中退。
1969年、劇団フジに入団。
1974年に勝新太郎のプロダクション勝プロに入り、勝の付き人を経験する。
1974年に勝主演のフジテレビジョン フジテレビ系ドラマ『座頭市物語』でテレビデビュー。
1978年、テレビ時代劇の『暴れん坊将軍』(テレビ朝日)の主役に抜擢され、以降2004年まで放送回数831回を数える長寿番組となりブレイクする。
舞台公演のフィナーレでは歌と踊りでファンを魅了してきた芸達者である。
松平晃(まつだいらあきら 1911年6月26日 - 1961年3月8日)は、昭和期の流行歌の歌手。本名は福田恒治(ふくだつねはる)。
SPレコード歌謡の揺籃の時代から全盛期にかけて、「佐賀っぽ」という気質を前面に出し、青春のブリリアントな美質と野放図な大胆さでスターダムにのし上がった。芸名の「松平晃」は「松平の殿様のように豊かな生活がしたい」との思いからつけたとの説がある。
当時の歌手の中では抜きんでた容貌の持ち主といわれ、その端正な容姿と甘い抒情的なバリトンの歌声が、多くのファンを魅了した。
一方、歌以外でも機械いじりを得意とし、スポーツカーを乗り回し、自分で録音器を作って公演先からボイスレターを送ったり、テーブルマジックに長けていたりと意外かつ多彩な才能の持ち主でもあった。
松田 龍平(まつだ りゅうへい、1983年5月9日 - )は日本の俳優。東京都出身。堀越高校中退。松田優作と松田美由紀の長男(いわゆる二世タレント)。身長183cm。弟は俳優の松田翔太。血液型はB型。
1983年5月9日 東京都生まれ。
99年映画『御法度』(大島 渚監督)で俳優デビュー。ブルーリボン賞、キネマ旬報ベストテン、毎日映画コンクールスポニチグランプリ、日本アカデミー賞をはじめ、その年度の新人賞を総嘗にし、話題となった。現在、多くの映画監督に出演を望まれている邦画の若手旗手。主演が多く、個性的な役柄が多い。
02年に『青い春』(豊田利晃監督)に主演し圧倒的存在感ある演技が注目を浴びた。俳優として一つの方向性と評価を決定的なものにした作品。
松田 洋治(まつだ ようじ、1967年10月19日-)は東京都出身の俳優、声優。青山学院大学文学部教育学科中退。
5歳で劇団ひまわりに入団し、1974年にテレビドラマ『母の鈴』で子役デビュー。江利チエミ主演のホームドラマ『はじめまして』(東京放送 TBS)で一躍有名になる。1983年のTBS系のテレビドラマ『家族ゲーム』で役者として注目を集める。また1997年には、映画『もののけ姫』に主人公アシタカの声で出演した。近年は舞台を中心に活動を続けており、蜷川幸雄、青井陽治等の著名演出家と質の高い仕事をしてきている。
風の谷のナウシカ(1984年、アスベル)
ドグラ・マグラ(1988年、呉一郎)
松田 美由紀(まつだ みゆき、1961年10月6日 - )は女優。旧名・熊谷 美由紀(くまがい みゆき)。
俳優・故松田優作の妻。長男は俳優の松田龍平、次男、松田翔太も俳優、実姉は女優の熊谷真実。
血液型はAB型。
探偵物語(1979年、日本テレビ)
西部警察(1979年、テレビ朝日)
獅子の時代(1980年、NHK大河ドラマ)
北の国から(1981年-1982年、フジテレビ)
北の国から ”84夏(1984年、フジテレビ)
愛しの刑事(1993年、テレビ朝日)第18話ゲスト
炎立つ (NHK大河ドラマ) 炎立つ(1993年-1994年、NHK大河ドラマ)
ぽっかぽか(1994年、TBS)
セカンド・チャンス(1995年、TBS)
ぽっかぽか2(1995年、TBS)
ぽっかぽか3(1996年、TBS)