脇 知弘(わき ともひろ、1980年10月11日 - )は、日本の俳優。
神奈川県出身。浅井プロダクション(テアトルアカデミー出身)所属。てんびん座、血液型B型、趣味は食べることと格闘技観戦。特技は剣道(二段)と手品と大食い。
身長は173cm、体重は113㎏、スリーサイズ:B128 W116 H114。
高校3年のとき、大学入試5校を受け不合格だった。進学をあきらめ、芸能事務所のオーディションを受け合格した。
2000年に東京放送 TBS系ドラマ「池袋ウエストゲートパーク」のGボーイズ・ワッキー役としてデビュー。
2002年に日本テレビ放送網 日本テレビ系ドラマ「ごくせん (テレビドラマ) ごくせん」のクマこと熊井輝夫役として出演。その他名脇役俳優以外にバラエティ番組にて活躍中。
若山 富三郎(わかやま とみさぶろう、1929年9月1日 - 1992年4月2日)は、日本の映画俳優。本名、奥村 勝(おくむら まさる)。
勝新太郎の実兄。長唄三味線の杵屋勝東治の長男。
1955年、新東宝映画『忍術児雷也』で映画デビュー、『人形佐七捕物帖』シリーズなどの時代劇の主演スターとして活躍。新東宝の経営が苦しくなると1959年に東映に移籍し、同様に『人形佐七捕物帖』シリーズで主演。
1962年に弟が居る大映 (映画) 大映に移ってからは城健三郎(じょう けんざぶろう)と改名したが、主役は回ってこず、市川雷蔵や弟の勝新太郎の脇役に甘んじ、最後の1年は干されてしまって役がつかなかった。
和歌山 静子(わかやま しずこ1940年―)はイラストレーター 挿絵画家、絵本作家
1940年京都府に生まれる。武蔵野美術大学デザイン科卒。
1980年に『あいうえおうさま』(理論社)で絵本にっぽん賞を受賞。その後1982年に『おおきなちいさいぞう』(文研出版)で講談社出版文化賞絵本賞を受賞。児童文学者の寺村輝夫との『おうさまシリーズ』が有名である。
『王さまなぜなぜ戦争』文・寺村輝夫/絵・和歌山静子(2004年理論社)
『ちがうもん 350シリーズおはなしえほん』作・和歌山静子(2000年ポプラ社)
『しっこっこ できるよできる』文・西内ミナミ/絵・和歌山静子(1999年偕成社)
『まちがいけしゴム』文・寺村輝夫/絵・和歌山静子(1992年文渓堂)
若本 規夫(わかもと のりお 本名 若本 紀夫(読みは同じ)1945年10月18日 - )は山口県下関市生まれ、大阪府堺市育ちの男性声優。シグマ・セブン所属。関西大学第一高等学校卒業、早稲田大学法学部卒業。
旧名は若本 紀昭(わかもと のりあき)。愛称は若本御大、若本様、強力若本(わかもと製薬が販売する医薬品「強力わかもと」に由来)等多数。
代表作には『サザエさん (テレビアニメ) サザエさん』(アナゴさん、花沢さんの父役)、『ドラゴンボールZ』(セル (ドラゴンボール) セル役)、『美味しんぼ』(岡星精一役)など。『投稿!特ホウ王国』などのナレーションでも知られている。
若村 麻由美(わかむら まゆみ、1967年1月3日 - )は、昭和末期から平成期(1980年代後半 - )の日本の俳優 女優。本名、小野 麻由美。
東京都練馬区出身。淑徳高等学校卒業。身長162cm、血液型A型。無名塾出身。日本舞踊名取。所属事務所はオフィス春花。
高校時代にたまたま観た仲代達矢が主宰する無名塾の舞台『ハロルドとモード』に感銘を受け、卒業後に入塾。その後NHK朝の連続テレビ小説 連続テレビ小説『はっさい先生』(1987年度下半期)のヒロインに723名の中から選ばれデビュー。以後ドラマ、舞台、映画などで活躍している。
2003年9月、宗教団体釈尊会の小野兼弘代表と結婚。小野とは坂東三津五郎 (10代目)ら若村が若き日より稽古・精進した日本舞踊・坂東流(七代目三津五郎が興し、家元は歴代の三津五郎がつとていめる)関係者を通して知己となり結婚したという。
若松 俊秀(わかまつ としひで、1965年12月6日 - )は、日本の俳優。
宮崎県都城市出身。ケィ☆サイド所属。A型。
もともと画家を志して上京したが、映画や演劇の魅力に取り付かれ、1988年東海大学卒業後、劇団に所属し俳優活動を開始。
1990年5月、青山円形劇場にて背水の陣で舞台『チャンピオン』に臨み、これをきっかけに役者として本格的に活動を始める。
毎日放送系列での昼帯番組、『家族の幻影』に倉本哲夫役で初のレギュラー出演を果たす。
スーパー戦隊シリーズ『鳥人戦隊ジェットマン』(1991年2月~1992年2月、テレビ朝日系列)でブラックコンドルこと結城凱役を演じ、伝説を作る。放映当初から結城凱の特撮ファンや子供と一緒に見ていた親世代からの人気は非常に高く、(若松本人によると放映中、視聴者からお米券やビール券が多数プレゼントとして贈られて来たという)その人気は今もって衰えていない。脚本家の井上敏樹によると「最もカッコいい戦隊ヒーローだと思う」とのこと。
若松勉(わかまつ つとむ、1947年4月17日 - )は、北海道留萌市(当時:留萌郡留萌町)出身のプロ野球選手・プロ野球監督、野球解説者。右投げ左打ち。現役時代は東京ヤクルトスワローズ ヤクルトアトムズ・スワローズで19年の長きに渡り活躍し、引退後はヤクルトの監督を務めた。
北海高等学校 北海高を卒業後、NTT北海道 (野球チーム) 電電北海道に入社。1970年のドラフト会議 ドラフト3位でヤクルトから指名され、1971年入団。留萌中学時代まではスキーと野球の二足のワラジであったが、北海高校のセレクションに誘われて野球一本に絞り込み、その結果「ヤクルトの若松」が生まれることとなる。
若松 孝二(わかまつ こうじ、1936年4月1日 - )は、日本の映画監督。宮城県遠田郡涌谷町出身。
主に1960年代から70年代にかけて、ピンク映画全盛期の日本映画を支えた代表的な人物である。その先鋭的な作品群は政治の季節の学生たちに多大な影響を与えた。人間の根源的な要素であるエロスと暴力をテーマに据えた作風が特徴である。
ケンカが強いことでも有名だった。
現在もなお旺盛に創作活動を続け、近年には『完全なる飼育 赤い殺意』『17歳の風景 少年は何を見たのか』などの作品がある。
さらに、次回作として連合赤軍をテーマにした作品『実録・連合赤軍』を準備中である。
『犯された白衣』(1967年)