森 光子(もり みつこ、本名・村上 美津 むらかみ みつ、1920年5月9日 - )は、日本の俳優 女優。京都府京都市出身。
言わずと知れたベテラン女優で、京都府立第一高等女学校(現京都府立鴨沂高等学校)中退。紫綬褒章、文化勲章受章。日本俳優連合副理事長。称号は東京都名誉都民。
『国の家』の居候の叔父高橋国太郎の息子が高橋照一、俳優の嵐寛寿郎となるため従兄弟同士である。
実家は京都・三条木屋町で割烹旅館『国の家』を経営していた(後に倒産)。戦前より従兄弟の嵐寛寿郎のプロダクション(第二次寛プロ)に所属し、寛プロが閉鎖すると新興キネマ(後の大映 (映画) 大映)所属の娘役として多くの映画に出演するが多くは「たぬき物」であり溝口健二の「祇園の姉妹」のような映画を、と夢見ていた森は失望も多かった。
森 雅裕(もり まさひろ、1953年4月18日 - )は、日本の推理作家・作家・小説家。兵庫県神戸市出身。1983年、東京藝術大学美術学部を卒業。1985年、『画狂人ラプソディ』が第5回横溝正史ミステリ大賞で佳作を、『モーツァルトは子守唄を歌わない』が第31回江戸川乱歩賞を受賞。乱歩賞受賞作をはじめ、『椿姫を見ませんか』『ベートーヴェンな憂鬱症』などのクラシック音楽 クラシックをテーマにした作品が有名だが、扱うジャンルは多岐に渡り、その全てがミステリという訳ではない。
いくつかの作品は商業ルートに乗せず自費出版されており、1995年に私家版の『いつまでも折にふれて』を刊行。この作品は後1999年にKKベストセラーズ版として『さらば6弦の天使』との抱き合わせで商業出版された。現在は絶版。作者自身がエッセイで語るように、両者は装丁が全く異なっている。また、1997年に再刊行された『モーツァルトは子守唄を歌わない』のボーナストラック中でプリマ・ドンナシリーズ最新作『愛の妙薬もう少し…』の存在も明らかにしている。こちらは復刊ドットコムにて交渉中の模様。
森 祇晶(もり まさあき、1937年1月9日 - )は、プロ野球選手(捕手)・プロ野球監督、野球解説者。大阪府豊中市生まれ、岐阜県岐阜市出身。右投左打。旧名「-昌彦(まさひこ)」。現在は「-祇晶(まさあき)」(名前については後述)。読売ジャイアンツ 巨人V9時代の正捕手。引退後は東京ヤクルトスワローズ ヤクルト、西武ライオンズ 西武、横浜ベイスターズ 横浜のコーチ、監督を歴任した。西武監督時代の在任9年間でチームを8度のリーグ優勝、6度の日本一に導いた名監督。現在はハワイ在住。
「祇」の字は西武監督時代の登録名は「ネ+氏」ではなく、「示+氏」(画像:Chinese character gi of gion.png 22px)であるが、対応する文字コードがないため、ここでは横浜監督時代の登録名の「祇晶」と表記する(なお「祗」は全く別の文字である)。しばしば狸と評される。愛称は「マチャアキ」、「森狸」、「岐阜の貯金箱」、「ケチ森」。兄・和彦もオリックス・バファローズ 阪急の元プロ野球選手。
森麻季(もり まき)
ソプラノ歌手 - 森麻季 (歌手)を参照。
アナウンサー - 森麻季 (アナウンサー)を参照。
森ほさち(もり‐、1974年8月16日 -)は大阪府堺市出身の女優。元宝塚歌劇団花組 (宝塚歌劇) 花組トップ娘役。
1999年までの芸名は“千ほさち(せん‐)”、1994年に宝塚歌劇団にて初舞台を踏む。当初は月組 (宝塚歌劇) 月組に配属され、成績優秀、美貌も兼ね備えた新進娘役スターとして注目される。新人公演、バウホール公演でヒロインなど主要な役を務めた後、1996年に花組 (宝塚歌劇) 花組に組替え。
入団わずか3年目で娘役トップに就任という大抜擢を受ける。しかしトップ就任後約2年の1998年、入団わずか5年目で真矢みきと共に歌劇団を退団。惜しむ声も多かった。
現在は女優として舞台を中心に活躍している。
森 博嗣(もり ひろし、1957年12月7日 - )は日本の小説家、推理作家、研究者。愛知県生まれ。東海中学校・高等学校、名古屋大学工学部卒業。同大学院修士課程修了後、三重大学助手を経て名古屋大学助教授。2005年3月に名古屋大学を退職。博士 工学博士。妻は、イラストレーターのささきすばる。
推理小説を中心として執筆している。以前は名古屋大学大学院環境学研究科都市環境学専攻(旧工学研究科建築学専攻)の専任助教授として研究を続ける傍ら、小説家として活動していた。なお、著作の中での著者プロフィールでは「国立N大助教授」としていた。同大学に、『S&Mシリーズ』に登場する犀川の研究室の助手・国枝桃子のモデルとなった人物も在籍している。小説家として文学部の教壇に招かれたことがある。
森 信雄(もり のぶお、1952年2月10日 - )は、日本の棋士 (将棋) 将棋棋士。棋士番号126。愛媛県伊予三島市(現四国中央市)出身。南口繁一九段門下。
村山聖、山崎隆之、片上大輔、糸谷哲郎らの師匠として知られている。特に、最初の弟子である病身の村山聖には、通常の師弟関係を超えた親身な関わりを持ち、村山は、四段昇段時に森が師匠でなければ自分は四段にはなれなかったと記している。『聖の青春』(大崎善生著)には、村山と森の交情が描写されている。
1980年の新人王戦 (将棋) 新人王戦(第11回)では、島朗を破って優勝した。
写真への造詣が深く、「将棋世界」誌に写真紀行を連載していた。