最近の有名人・芸能人 姓名判断 1419

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最近の有名人・芸能人 姓名判断 1419

船守さちこ

船守さちこ(ふなもりさちこ、本名・船守小智子、1966年10月26日 - )は兵庫県出身のフリーアナウンサー、音楽評論家。武庫川女子大学文学部国文学科卒業後、1989年札幌テレビ放送にアナウンサーとして入社。同局のラジオ番組「船守さちこのスーパーランキング」で、福永俊介アナウンサーとの名コンビで人気を博したが、1999年4月放送終了。同年6月に退社し、フリーアナウンサーとなる。現在は事務所ボランチに所属し、FMラジオ局のパーソナリティーを中心に活動する。局アナ時代から音楽ランキング番組を長年担当したこともあり、フリーランスになって以降も一貫して「音楽」に関わる仕事をライフワークとしている。

船村徹

船村 徹(ふなむら とおる 1932年6月12日- )は、日本の作曲家で、日本音楽著作権協会の会長や、横綱審議委員会委員、右翼団体「日本会議」会員等も務めている。本名は福田 博郎(ふくだ ひろお)。栃木県塩谷町出身。東洋音楽学校(現・東京音楽大学)ピアノ科卒。演歌作曲家の大御所と知られ、手掛けた曲は約4500曲にのぼる。
1949年の大学在学時に、作詞家の高野公男と組み作曲の活動を開始した。作曲家としての本格的デビュー作品は「別れの一本杉」(歌・春日八郎・1955年発表)。
あの娘が泣いてる波止場(三橋美智也)
王将(村田英雄)
傘ん中(五木ひろし)
兄弟船(鳥羽一郎)

船山馨

船山 馨(ふなやま かおる、1914年3月31日-1981年8月5日)は、日本の小説家、作家。
北海道札幌市に生まれる。
札幌二中に在学中、組合教会に通った。
1932年、早稲田高等学院に入学するも、1学期で退学。1934年に明治大学予科に入学し、1937年に商学部の1年のときに退学する。
1937年に北海タイムス(のちに北海道新聞に統合)の社会部学芸記者となる。1939年にふたたび上京し、四社連合に勤める。
1940年、寒川光太郎、椎名麟三らの『創作』(のち『新創作』)の同人に加わり、「私の絵本」を執筆。「私の絵本」は、『文芸』の第2回同人雑誌推薦作候補となった。
1940年、青年芸術派を結成、『青年芸術派叢書』の1巻として長編小説『衣裳』を書き下ろし出版する。

船橋洋一

船橋 洋一(ふなばし よういち、1944年 - ) は、ジャーナリスト。朝日新聞コラムニスト。
北京生まれ。灘中学校・高等学校を経て、1968年東京大学教養学部卒業後、朝日新聞社に入社。北京支局、ワシントンD.C. ワシントン支局、経済部編集委員、アメリカ合衆国 アメリカ総局長を歴任。学位は博士 法学博士(慶應義塾大学)。
現在、『朝日新聞』に「日本@世界」、および『週刊朝日』に「船橋洋一の世界ブリーフィング」を連載中。
サントリー学芸賞(1983年)-受賞作『内部』
ボーン・上田記念国際記者賞(1986年)
吉野作造賞(1988年)-受賞作『通貨烈々』
石橋湛山賞(1992年)
日本記者クラブ賞(1994年)

舩橋晴俊

舩橋晴俊(ふなばし はるとし、1948年 - )は神奈川県大磯町生まれの社会学者。法政大学教授。東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。社会学理論、環境社会学が専門。環境社会学の設立メンバー。
長谷川公一・勝田晴美・畠中宗一『新幹線公害──高速文明の社会問題』(有斐閣, 1985年)
角一典・湯浅陽一・水澤弘光『「政府の失敗」の社会学──整備新幹線建設と旧国鉄長期債務問題』(ハーベスト社, 2001年)
『講座環境社会学(2)加害・被害と解決過程』(有斐閣, 2001年)
(飯島伸子)『講座社会学(12)環境』(東京大学出版会, 1998年)
(長谷川公一・飯島伸子編)『巨大地域開発の構想と帰結──むつ小川原開発と核燃料サイクル施設』(東京大学出版会, 1998年)

舟橋聖一

舟橋 聖一 (ふなはし せいいち、1904年12月25日 - 1976年1月13日)は、日本の小説家。東京市 東京生れ。東京帝国大学文学部卒。弟は脚本家の舟橋和郎。
大学在学中に「朱門」の同人になり、また、河原崎長十郎、村山知義らと共に劇団「心座」の旗揚げに尽力する。1926年10月、「新潮」に戯曲『白い腕』を発表し文壇入り。その後、明治大学教授として教鞭をとるかたわら、雑誌「行動」に参加し『ダイヴィング』を発表、行動主義、能動精神運動の中心となり、行動的ヒューマニズムによる現実改革者としての地位を確立した。多くの戯曲を書くが、1938年に、「文学界」に発表した小説『木石』で認められる。

舟橋和郎

舟橋和郎(ふなはし かずお、1919年7月2日 - 2006年1月15日)は、日本の脚本家。兄は小説家の舟橋聖一。
東京都出身。明治大学文学部文芸科を卒業。菊池寛の秘書を経て、1944年、大映企画部に入社。1946年、『彼と彼女は行く』を発表してシナリオライターに転じ、のちフリーとなる。代表作は『きけ、わだつみの声』、『雁の寺』、『兵隊やくざ』シリーズ、『与太郎戦記』シリーズなど。
きけ、わだつみの声(1950年)
くちづけ(1957年)
雁の寺(1962年)
剣(1964年)
続・兵隊やくざ(1965年)
日本の脚本家 ふなはし かすお
1919年生 ふなはし かすお
2006年没 ふなはし かすお

船戸与一

船戸 与一(ふなど よいち、本名:原田建司、1944年2月8日 - )は、冒険小説家。山口県下関市に生まれる。山口県立下関西高等学校、早稲田大学法学部卒業。在学中は探検部(第三期生)に所属(先輩には西木正明らがいる)。小学館、祥伝社などの出版社勤務を経てフリーになり、執筆活動を始める。1979年『非合法員』(講談社)で冒険小説家としてデビュー。他に豊浦志朗の筆名で『叛アメリカ史』等のルポタージュ、外浦吾朗の筆名で「ゴルゴ13」、「メロス」の劇画原作も著している。
1985年 - 『山猫の夏』で第3回日本冒険小説協会大賞、第6回吉川英治文学新人賞。
1988年 - 『猛き箱舟』で第6回日本冒険小説協会大賞。

船田元

船田 元(ふなだ はじめ、昭和28年(1953年)11月22日 - )は、日本の政治家、自由民主党所属の衆議院議員。
昭和28年(1953年)11月22日
栃木県宇都宮市
慶應義塾大学大学院
文学研究科修士課程修了
学校法人学校法人船田教育会 船田教育会理事長
兼作新学院高等学校 作新学院学院長
国際テロリズムの防止及び我が国の
協力支援活動並びにイラク人道復興
支援活動に関する特別委員会委員長
自由民主党憲法調査会会長
祖父・船田中
大叔父・船田享二
藤枝泉介
父・船田譲

舟崎克彦

舟崎克彦(ふなざきよしひこ、1945年2月2日 - )は児童文学作家、詩人、挿絵画家、漫画原作者。300冊以上の著書がある。影響を受けた文学者として、谷崎潤一郎、金子光晴、西東三鬼の3人を挙げている。柔道三段。
元画家志望の建築家で、当時会社社長だった舟崎悌次郎(和歌山県生まれ、京都帝国大学経済学部卒)の末男として東京都に生まれ、豊島区千早町に育つ。2人の兄と同じように初等科から学習院に入学。このとき左利きを右利きに変えさせられた。
日本舞踊の名取りだった実母を小学校2年のとき病気で失い、継母に育てられる(そのころの様子は自伝的作品『雨の動物園』に詳しい)。このころ、ディズニー映画と野鳥飼育に熱中する。愛読書は中西悟堂や内田清之助。将来の夢は、鳥類学者になって山階鳥類研究所の所員になることだった。学業は不振だったが、鳥類学の知識だけは教師を凌いでいたという。杉浦茂や馬場のぼるの漫画や、柳亭痴楽、林家三平、古今亭志ん生の落語からも大きな影響を受けた。小学校4~5年のとき、東京の民間人で5台目といわれる米国ベンディックス社のテレビ受像機を父が購入。エノケン、ロッパ、三木のり平のコメディ番組に夢中になった。

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