福盛和男(ふくもり かずお、1976年8月4日 - )は平成期(2000年代後半~)の東北楽天ゴールデンイーグルス所属の投手。宮崎県北諸県郡高崎町(現・都城市)出身。右投げ右打ち。楽天ではストッパーとして活躍。
妻はフジテレビジョン フジテレビアナウンサー、福元英恵。福元との間には2005年6月に生まれた男児が一人いる。
現在の本拠地、県営宮城球場 フルキャストスタジアム宮城では、期間限定だが福盛の出身地である宮崎県の名産グルメの地鶏などをふんだんに取り込んだ”福盛弁当”が発売された。
高校時代は都城高等学校に在学。しかし全国高等学校野球選手権大会 甲子園には縁がなく、3年間全て県大会決勝で敗退した。
福本 豊(ふくもと ゆたか、1947年11月7日 - )は大阪府大阪市生野区出身のプロ野球選手、野球解説者である。
鉄道学校 大阪鉄道高校(現・大阪産業大学 大阪産業大学附属高校、阪南大学高等学校)を卒業後、社会人野球の松下電器野球部 松下電器を経て、1968年、同僚の加藤英司と共にドラフト会議 ドラフト7位でオリックス・バファローズ 阪急ブレーブスに入団。
2年目の1970年からレギュラーに定着し、この年75盗塁で最多盗塁 盗塁王を獲得。1972年には世界記録(当時)となるシーズン106盗塁を記録、チームのリーグ優勝に大きく貢献し、盗塁王としては初の最優秀選手_(野球) MVPに輝いた。
福本 誠(ふくもと まこと、1976年7月14日 - )はプロ野球横浜ベイスターズに所属する内野手、背番号は45。
内野から外野までほぼ全てを守れる、器用かつ安定した守備を見せる。チームの勝利には欠かせない選手となっているだろう。特にショートの守備には安定感がある。
ここ何年かは2軍シーレックスにずっと在籍し、一軍での内野手は足りているため、
1軍からお呼びがかからず、2006年度オフに戦力外解雇の噂もある。
1999年 - ドラフト4位で横浜に入団、10月13日のヤクルト戦で一軍初出場。
2002年 - 自己最多の36試合に出場。
出身地 - 東京都
身長/体重 - 180cm/79kg
血液型 - O型
投打 - 右投右打
福本 清三(ふくもと せいぞう、1943年2月3日 - )は、日本の俳優。多くの時代劇で「斬られ役」を演じる。本名:橋本 清三(はしもと せいぞう)。通称「5万回斬られた男」。
兵庫県城崎郡香住町(現:美方郡香美町)出身。
15歳で東映京都撮影所に入社し、いわゆる「大部屋俳優」となる。
20代後半ごろから斬られ役専門となり、東映や関連会社が制作したほぼ全ての時代劇に出演した。
キャスト一覧に名前が出ることはないが、特徴のある彫りの深い顔と、斬られるときの演技が、次第に時代劇ファンの間で話題となっていった。
また『仁義なき戦い・広島死闘篇』では、北大路欣也に撃たれるヤクザ役を演じたが、撃たれた瞬間に座った状態から跳ね上がって死ぬというその演技は、仁義なき戦いファンの語り草になっている。
福元健太郎(ふくもと けんたろう、1972年4月7日 - )は、日本の政治学者。法学士。専門は日本の国会研究。
東京都出身。開成中学、開成高校を卒業し東京大学へ。中・高ではテニス部、大学では合気道部に所属。合気道二段。1995年、東京大学法学部政治コース卒業後、同大学法学部助手を経て、1998年4月より学習院大学専任講師。2000年より、学習院大学法学部政治学科助教授。2003年~2005年、ハーバード大学日米関係プログラム客員研究員としてアメリカに留学。
『日本の国会政治――全政府立法の分析』(東京大学出版会、2000年)
日本の政治学者 ふくもと けんたろう
福間 納(ふくま おさむ、 1951年7月13日 - )は、島根県大田市出身。昭和後期から平成期(1980年代)のプロ野球選手。登録名を一時期納一とした。
1969年に大田高でエースとして選抜大会に出場。松下電器野球部 松下電器では外野手も務めた。1978年のドラフト会議 ドラフト1位で千葉ロッテマリーンズ ロッテに入団。1981年に深沢恵雄投手とのトレードで阪神タイガース 阪神へ移籍。主に中継ぎ投手として活躍し、1983年に最優秀防御率のタイトルを獲得。1984年にシーズン77試合登板のセントラル・リーグ セ・リーグ記録(当時)を達成。翌1985年の優勝にも大きく貢献した。一方、トレード相手の深沢もロッテで2桁勝利をあげたりして活躍したため、「成功したトレード」の例としてもよく語られた。1990年に引退。その後は解説者を経て1997年から4年間、阪神のコーチを務めた。
福藤 豊(ふくふじ ゆたか、1982年9月17日 - )は北海道釧路市出身のアイスホッケー選手。ポジションはゴールキーパー (アイスホッケー) ゴールキーパー。
小学3年でアイスホッケーを始め、釧路景雲中時代は全国優勝。東北高等学校に進み、U-18世界選手権・世界ジュニア選手権などに出場。3年時には高校生初の日本代表に選出された。
2001年コクドアイスホッケーチーム コクドに入社。2002年 2002-2003年 03年はECHLのシンシナティ・サイクロンズでプレーし、2004年にNHLのロサンゼルス・キングスから日本人では三浦浩幸に次ぐ史上2人目のドラフト指名(8位)された。ロックアウトのためAHLマンチェスター・ECHLベイカーズフィールドでのプレーを経て、2005年8月9日にキングスと2年契約を結び、日本人初のNHLプレーヤーとなった。