最近の有名人・芸能人 姓名判断 1478

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最近の有名人・芸能人 姓名判断 1478

はやし家林蔵

はやし家 林蔵(はやしや りんぞう、1942年7月8日 - )は落語家。千葉県印旛郡冨里町出身。本名は井上 利洋。出囃子は梅が枝。
1961年 3代目三遊亭金馬に入門。前座名は三遊亭金時。
1964年 師匠金馬死去。
1965年 8代目林家正蔵(後の林家彦六)一門に移籍。初代林家時蔵で二つ目昇進。
1975年 真打昇進。はやしや林蔵に改名。
落語家 はやしや りんそう
1942年生 はやしや りんそう

林家ペー

林家 ペー(はやしや ぺー、本名:佐藤 義彦、1941年11月29日~)は、タレント・漫談家である。林家三平の弟子であるが、落語はやらず、高座ではギター漫談を主に演じる。尚、現在、落語家で、ギターを使った漫談を披露しているのは、月亭可朝と林家ぺーのみである。妻の林家パー子との「ペーパー」コンビで有名。落語協会所属。桃色(ピンク)をこよなく愛する。好角家でもある。大阪府大阪市浪速区出身。
1964年 - 林家三平に入門。当初は、ペー平と名乗る。改名の由来は後述。
1968年 - 林家パー子と結婚
有名人の生年月日を覚えている。古今東西の芸能人から歴史上の人物、さらにはアニメの登場人物まで。名前から誕生日を、また誕生日から名前を思い出す能力は驚異的である。

林家彦六

林家彦六(はやしや ひころく、本名:岡本 義(おかもと よし)、1895年(明治28年)5月16日 - 1982年(昭和57年)1月29日)は、東京府 東京府下荏原郡品川町(今の品川区)出身、生前は落語協会所属の落語家。前名の林家正蔵としては数えで八代目、俗に「彦六の正蔵」。噺家からは居住地の「稲荷町(の師匠)」と呼ばれた。
1912年 3代目三遊亭圓遊に入門し「福よし」。
1914年 「金八」に改名、師匠が「扇遊亭金三」となったのに伴い「扇遊亭金八」に。
1916年 師匠と共に4代目橘家圓蔵の内輪となる。翌年「橘家二三蔵」と改名、二ツ目昇進。
1919年 2代目が「一朝」となり名を譲られ二ツ目のまま「三遊亭圓楽」に。翌年真打昇進。結婚。

林家彦いち

林家 彦いち(はやしや ひこいち、1969年(昭和44年)7月3日-)は、落語協会所属の落語家。鹿児島県出身。本名は安田 修(やすだ おさむ)。国士舘大学文学部地理学専攻中退。主に新作落語を得意演目とする。妻は講釈師の神田茜。春風亭昇太らと創作話芸協会「創作話芸協会 SWA」を旗揚げ。背番号は『1』。出囃子は『鞠と殿様』。
厳つい顔をしているが笑顔はとても優しい雰囲気であり、本人も時折それをネタにすることがある。
あまり知られていないが、かつて爆笑オンエアバトルに出場し落語家として唯一オンエアを獲得している。
1989年 - 林家木久蔵に入門、二番弟子。前座名「林家きく兵衛」。

林家とんでん平

林家 とんでん平(はやしや とんでんへい、1952年4月13日 - )は、日本の落語家・政治家。北海道小樽市出身。本名は越尾 由春。
落語家を志し、林家三平に入門。林家三平最後の弟子である。三平の死後、林家こん平門下に移る。1996年に真打昇進。2003年、札幌市議会議員選挙に民主党 (1996-) 民主党公認で立候補し当選。厚生常任委員会副委員長などの要職を歴任するなど、2006年現在も札幌市議会議員として活躍している。
手話落語の第一人者として知られる。落語家時代から福祉活動に熱心で、そうした活動が政界進出へとつながった。
みそ豆
初天神
落語家 はやしや とんてんへい
1952年生 はやしや とんてんへい

林家時蔵

林家 時蔵(はやしや ときぞう、1948年3月2日-)は落語家。落語協会所属。千葉県千葉市出身。本名は中川 義隆。出囃子は外記猿。趣味はゴルフ、俳句、囲碁である。
因みに「時蔵」とは兄弟子はやし家林蔵が二つ目時代に名乗っていたものである。
1972年3月 東洋大学文学部国文学科卒業。
1973年2月 8代目林家正蔵(後の林家彦六)に入門。
1973年4月 林家よし蔵で前座名。
1977年3月 二つ目昇進。時蔵に改名。
1982年3月 師匠林家彦六に死去により、彦六一門の総領弟子であり、兄弟子である春風亭柳朝一門に移籍。
1982年12月 師匠春風亭柳朝が脳梗塞に倒れたため、彦六一門の4番弟子であり、兄弟子である林家木久蔵一門に移籍。香盤上では一番弟子の位置(子飼いでは林家きく姫 きく姫が一番弟子)。

林家たい平

林家 たい平(はやしや たいへい、 1964年12月6日 - )は、落語家。埼玉県秩父市出身。林家こん平の弟子。落語協会所属。血液型はO型。本名:田鹿 明(たじか あきら)。人気演芸番組『笑点』(日本テレビ)の笑点の大喜利 大喜利メンバーである。
1988年、武蔵野美術大学造形学部卒業。現在は2男1女の父。地元秩父では実母が駄菓子店(「駄菓子屋たい平」由来はたい平本人)を、実兄がうどん店(「うどん亭たじか」)を経営している。
生まれ故郷の秩父に愛郷心を抱いている。笑点でも時々挨拶の際に、秩父でのイベント情報などを盛り込んで秩父のことを紹介している。
噺家としての高座以外にバラエティ番組への出演も多くなっている。得意な芸としては、2005年3月までドラえもんの声優だった大山のぶ代、このほか滝口順平、田中眞紀子、鈴木宗男、和田アキ子、美輪明宏、森昌子、市川團十郎 (12代目)、中村福助の声真似や動物の鳴き真似や花火の効果音など。

林家染丸

林家染丸(はやしや そめまる)は、落語家の名跡。上方・林家の止め名。当代は、4代目。
林家染丸 (初代) 初代林家染丸(? - ?)は、明治中期に活躍した上方の落語家 噺家。林家菊丸 (初代) 初代林家菊丸門下。
林家染丸 (2代目) 2代目林家染丸(1867年(慶応3年) - 1952年(昭和27年)11月11日)は、3代目笑福亭松鶴の門人。本名は岡本仁三郎。
:笑福亭梅喬から、前名の5代目笑福亭松喬を襲名。初代笑福亭枝鶴との「松鶴」襲名争いに敗れ、2代目林家染丸を襲名した。元来の上方林家(林家正楽)とは異なる系統で、以降、上方林家は笑福亭の傍流となる。
:上方落語界の貢献者の一人であり、3代目染丸、林家染語楼 (3代目) 3代目染語楼を育てた。夫人は寄席囃子界随一の存在であった林家トミ。享年85。

林家染二

林家 染二(はやしや そめじ)は、上方落語の名跡。当代は3代目。
3代目林家 染二(はやしや そめじ、1961年9月17日 - )は、上方落語の落語家。本名は吉田 忠史(よしだ ただし)。大阪府出身。龍谷大学法学部卒。
1984年9月、2代目林家染二(のちの4代目林家染丸)に入門、染吉を名乗る。
1997年10月、3代目林家染二を襲名。
1991年 上岡演劇祭(上岡龍太郎氏主宰)「源吉と玉三郎」主演 敢闘賞
1993年 日本放送協会 NHK新人演芸大賞 優秀賞
1996年 大阪文化祭賞 奨励賞
1998年 第53回芸術祭 文化庁芸術祭演芸部門 優秀賞
1999年 龍谷奨励賞(龍谷大学校友会)
2004年 第33回上方お笑い大賞 最優秀技能賞(金賞)

林家正楽

林家 正楽(はやしや しょうらく)は落語家の名跡。林家正楽の名跡は、江戸落語、上方落語にそれぞれある。
江戸落語の「林家正楽」
:江戸落語の林家正楽は、初代以来代々、紙切りの芸を得意としている。当代は3代目。
上方落語の「林家正楽」
:上方落語の林家正楽は、1929年(昭和4年)に6代目正楽が逝去して以来、空位となっている。6代目正楽の娘婿は5代目笑福亭松鶴、6代目笑福亭松鶴 (6代目) 松鶴は孫に当たる。
林家 正楽(はやしや しょうらく)は、江戸落語の名跡。当代は3代目。初代以来紙切りの芸を得意とし、紙切りの正楽とも呼ばれる。

林家正蔵

林家正蔵(はやしや しょうぞう、正しくは林家正藏)は、江戸噺家(落語家)の名跡。当代は9代目。
1811年(文化8年)初代から4代目までは林屋正藏、1888年(明治21年)5代目から林家正蔵となった。江戸(東京)・林家の留め名。
初代三笑亭可楽の門下で、林家の始祖。怪談噺の元祖と言われ、「怪談の正蔵」の異名を取った。1811年正蔵となる。著作も『升おとし』『太鼓の林』など、多数ある。なお、はじめは「林家」ではなく「林屋」と名乗っていた。
1842年没。享年62。
2代目 元僧侶。通称「沢善正蔵」。「蒟蒻問答」「野晒し」の作者といわれる。
弟弟子・林家林蔵門下の林家正三が上方に移り、林家染丸 上方・林家を興す(ただし、6代目正楽で途絶える)。

林家正雀

林家 正雀(はやしや しょうじゃく、1951年12月25日 - )は落語家。山梨県出身。落語協会所属。出囃子は都風流。趣味は歌舞伎鑑賞。師匠林家彦六 林家正蔵の怪談噺、芝居噺の継承者としても知られている。
1974年 林家彦六 8代目林家正蔵(後の林家彦六)に入門。前座名は茂蔵。後に繁蔵に改名。
1978年 二つ目昇進。林家正雀に改名。
1982年 師匠正蔵没。没後は兄弟子桂藤兵衛と共に正蔵一門の2番弟子であり、兄弟子である橘家文蔵一門になる。
1983年 真打昇進。
落語家 はやしや しようしやく

林家こん平

林家 こん平(はやしや こんぺい、本名:笠井 光男(かさい みつお)、1943年3月12日 - )は、新潟県刈羽郡千谷沢村(後に小国町 (新潟県) 小国町に編入され、現在は長岡市に編入)出身の日本の落語家である。社団法人落語協会に属し、理事などを歴任。後述の病気もあり2006年4月に相談役となる。出囃子は『佐渡おけさ』。血液型はA型。人気演芸番組『笑点』(日本テレビ)の笑点の大喜利 大喜利メンバーとして知られる(現在は一時降板)。
本人曰く、出身地は「チャーザー村」だが、正しい読み方は「ちやざわむら」。
「爆笑王」林家三平に師事(米俵1俵担いで弟子入りしたという)。二ツ目時代からテレビ番組『笑点』に出演。演芸ブームで注目され、テレビ・ラジオに多く出演。アイデアマンでもあり、「巨泉・前武のゲバゲバ90分!! 巨泉前武・ゲバゲバ90分!!」では構成作家も務める。兄弟子の故・林家珍平が俳優に転業した後は惣領弟子となり、三平亡き後は一門を統率。林家こぶ平(現9代目林家正蔵 (9代目) 正蔵)、林家しん平といった三平の預かり弟子や林家たい平ら直弟子など多くの弟子を育成する。

林家こぶ平

九代目 林家正蔵(はやしや しょうぞう、本名:海老名 泰孝(えびな やすたか)、1962年12月1日 - )とは、東京都出身の落語家、タレント、声優である。血液型はA型。城西国際大学人文学部客員教授。出囃子は『あやめ浴衣』。前名は林家こぶ平。
林家三平 (3代目) 三代目林家三平と海老名香葉子の長男として生まれる。
実姉は、タレントの海老名美どりとシンガーソングライターだった泰葉(本名:花岡泰葉 旧姓:海老名)で、実弟は落語家林家いっ平。義兄は俳優の峰竜太(美どりの夫)と落語家の春風亭小朝(泰葉の夫)。
祖父は林家正蔵#七代目 七代目林家正蔵。
1978年、三平に弟子入り。三平の死後は三平の弟子である林家こん平の門下に。1988年、真打に昇進。親子3代にわたっての真打昇進は史上初。2005年3月21日、大名跡九代目・林家正蔵を襲名した。

林家きく姫

林家 きく姫(はやしや きくひめ、本名は松本 恋由姫(まつもと こゆき)、1970年5月8日 - )は、落語協会所属の真打落語家。東京生まれ。東京都中野区立第八中学校卒業。歌舞伎役者の市川春猿と同級生。
1987年、林家木久蔵に入門、二番弟子となる(但し兄弟子の林家時蔵は林家彦六 8代目林家正蔵→春風亭柳朝門下からの移籍であり、子飼いでは彼女が一番弟子である)。1991年に二つ目、2001年秋に東京の女性落語家としては4人目となる真打に昇進する。古典落語を得意とし、古典を女性の視点で演出するなど高座での成長が著しく見られる。
また、1994年からは東京放送 TBS・ジャスト (ワイドショー番組) ジャスト内「お宅訪問」でタレント落語家としても注目され、テレビ朝日「東京サイト」や日本放送協会 NHK「週刊こどもニュース」(2005年3月まで)などテレビのレギュラー番組を持ち、ラジオや舞台にも出演している。

林家木久蔵

林家 木久蔵(はやしや きくぞう、男性、1937年(昭和12年)10月19日 - )は、落語家。社団法人落語協会理事。北海道ニセコ町観光大使。鯨の食文化を守る会会員。全国ラーメン党会長(党首と書かれることもある)。本名豊田 洋(とよた ひろし)。
血液型A型。出囃子は『宮さん宮さん』。人気演芸番組『笑点』(日本テレビ)の笑点の大喜利 大喜利メンバーとして知られる。
実子も落語家。木久蔵門下で、高座名は「林家きくお」。
1937(昭和12)年10月19日、東京都日本橋 (東京都) 日本橋生まれ。
1956(昭和31)年3月、東京都立中野工業高等学校(食品化学工業課程)を卒業。
同年4月、「食べ物に苦労しない」という理由で森永乳業に入社。

林家きくお

林家 きくお(はやしや きくお、1975年(昭和50年)9月29日)は落語協会所属の落語家、現在二つ目。東京都三鷹市出身。本名は豊田 宏寿(とよた ひろとし)。玉川大学文学部芸術学科演劇専攻卒。
同じく落語家の林家木久蔵の息子であり弟子。
血液型A型、身長179cm、趣味:熱帯魚、特技は日本舞踊、南京玉すだれ。
笑点 BS笑点に出演中。
林家いっ平と「プリンス二人会」を結成。
また、父親同士が笑点メンバーで元は林家彦六 彦六門下の兄弟弟子である三遊亭好楽・三遊亭王楽 王楽親子と共に木久蔵とW親子会を行う事も。
王楽とはこの他にも二世落語家同士でもある林家いっ平 いっ平、桂春菜 春菜、月亭八光 八光らで『ぼっちゃん5』を結成し、『東西二世五人会』などのイベントを行っている。

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