林家 いっ平(はやしや いっぺい、1970年(昭和45年)12月11日 - )は落語家、タレント。東京都台東区出身。 落語家として落語協会に、タレントとしてホリプロに所属。ねぎし三平堂堂長。中央大学経済学部卒業。左利き。
本名は海老名泰助(えびな たいすけ)。三代目林家三平と海老名香葉子の次男。兄は林家正蔵 (9代目) 九代目正蔵。長姉は海老名美どり 美どり、次姉は泰葉。峰竜太と春風亭小朝は義兄。祖父は林家正蔵#七代目 七代目正蔵。三代目三平の子ではあるが、小学生のときに父が癌で死去したため、兄と異なり実質一門を相続した林家こん平の直弟子である。そのため、『笑点』(日本テレビ)で師匠に替わって出演している兄弟子の林家たい平と親しい。
林部 香織(はやしべ かおり、1970年1月7日~)は、大阪府大阪市出身のフリーアナウンサー フリーアナウンサー・ニュースキャスター。
関西学院大学卒。その後1994年に北海道放送 北海道放送(HBC)のアナウンサーとして入社。
1998年に故郷の大阪に戻りフリーアナウンサーとして再スタート、現在は同じく元HBCアナウンサーの鶴羽佳子が社長を務めるオフィス鶴羽に所属。2005年の春に結婚し、出産。
FNNスーパーニュースKANSAI(関西テレビ放送 関西テレビ) - 1999年4月~2001年3月
FNNスーパーニュースほっとKANSAI(関西テレビ放送 関西テレビ) - 2001年4月~2005年9月
フリーアナウンサー はやしへかおり
林原 めぐみ(はやしばら-,1967年3月30日-)東京都北区 (東京都) 北区出身の女性声優・歌手・DJ・作詞家<MEGUMI(めぐみ)名義>・エッセイスト。血液型O型。愛称「めぐさん」「めぐ姉(ねえ)」「閣下(平松晶子命名)」など。
趣味:スヌーピーグッズやカード カード類(テレホンカード テレカ・オレンジカード オレカ)などの収集・アロマテラピー。
好物:肉と冷麺 盛岡冷麺。
嫌物:しいたけ
資格:正看護婦(現在の正看護師にあたる)免許所持。
家族:夫(3歳年下)と長女。夫を「相方」長女を「ジュニア」と称している。他に父・母・兄(9つ上)がいる。
90年代中頃におきた第3次声優ブームの頂点にいた人気声優で、アニメージュグランプリ声優部門1位を通算12回(90~94年、96~02年)獲得した。
林葉 直子(はやしば なおこ、1968年1月24日 - )は、将棋の元女流棋士 (将棋) 女流棋士、タレント、作家、タロット占い師。福岡県福岡市出身。第一薬科大学薬学部中退。米長邦雄永世棋聖門下。
1979年に11歳で女流アマ名人戦に優勝。小学校在学中に米長邦雄永世棋聖宅に住み込みの内弟子として師事。当時の内弟子仲間に先崎学らがいる(先崎曰く、林葉にはよくいじめられていたとか)。1980年に女流2級となり、1981年に初タイトルの女流王将となる。
女流棋士としての実力は高く、女流四段も射程圏内に入れ(現在の規定では女流五段までは自力で昇段できる)、女流棋士戦に留まる必要もないとすら評されたほどであった。
林 隆三(はやし りゅうぞう、1943年9月29日-)は、俳優・ナレーター。
東京都新宿区四谷に生まれる。1961年に立教高等学校を中退後、1963年俳優座の「俳優養成所」に入り、1966年卒業。
「三期会(現・東京演劇アンサンブル)」を経て、何本か端役でテレビドラマに出演した後、1970年、「木下恵介・人間の歌シリーズ」の『俄』で初主演する。その後、平賀源内の青春時代を描いた日本放送協会 NHKの人気ドラマ『天下御免』に出演し、大いに人気を博する。
1974年には藤田敏八の『妹』で秋吉久美子と共演し、その演技は注目を集めることとなり、1977年、津軽三味線の名手高橋竹山の若き日を描いた『竹山ひとり旅』に、監督新藤兼人に請われて主演する。その鬼気迫る演技で一躍スターと認められる。
林 義郎(はやし よしろう、昭和2年(1927年)6月16日 - )は、日本の政治家、自由民主党 (日本) 自由民主党衆議院議員。山口県下関市出身。第1次中曽根内閣の厚生大臣、宮沢改造内閣の大蔵大臣を歴任した。林家は政治家の家系で、林は三代目に当たる。祖父の林平四郎はろう、醤油製造を営む商家に生まれ、衆議院議員、貴族院議員等を務めた。父の林佳介は実業家で日本進歩党の衆議院議員を務めた。長男の林芳正は自民党参議院議員である。
旧制第一高等学校を経て、昭和25年(1950年)東京大学法学部を卒業。同年通商産業省に入省する。通産省では、通産大臣秘書官、官房審議官、通産省重工業局産業機械課長を歴任。
林 弓枝(はやし ゆみえ、1978年4月5日-)は北海道北見市(旧常呂郡常呂町)出身のカーリング選手で、日本カーリング協会(JCA)の強化選手。札幌大谷短期大学保育科卒業。身長153cm、体重45kg。血液型AB型。同じ所属チームの小野寺歩とは中学校時代の同級生。本橋麻里は常呂出身の後輩にあたる。趣味は水泳、テニス、ドライブ、旅行。右利き。尊敬する人は母。
常呂町立(当時)常呂中学校時代に関和章子 加藤章子(現姓:関和)、小野寺歩と林の3人でカーリングチーム「シムソンズ (カーリング) シムソンズ」を結成する。高校時代から堀美香 堀(小仲)美香が加わる。
ソルトレークシティーオリンピックに出場したシムソンズの実話を元にしたシムソンズ (映画)がトリノオリンピックに合わせて公開され、映画を見ていない一部の人の間では加藤ローサ演じるヒロイン・伊藤和子のモデルが小野寺歩、藤井美菜演じる尾中美希のモデルが林だと勘違いされがちなのだが、実際は名前の類似性からもわかる通り、高橋真唯演じる小野菜摘が小野寺歩であり、星井七瀬演じる林田史江のモデルが林弓枝である。
早矢仕 有的(はやし ゆうてき、天保8年(1837年)8月~明治34年(1901年))は、明治期の日本の実業家。丸善の創業者。
天保8年(1837年)美濃国に生まれる。大垣市 大垣、次いで名古屋に出て医学を学ぶ。安政元年(1854年)郷里に戻り医院を開業する。安政4年(1858年)江戸に上り開業する。坪井信道、福沢諭吉に蘭学、英学を学び貿易に関心を持つ。明治維新後の明治2年(1869年)横浜に書店丸屋善八を開業し、日本語訳した医学書を中心に販売し、東京にも店舗を開くなど事業を拡大する。明治6年(1873年)店名を丸善に改称。輸入書籍や文具を取り扱う大型書店として発展させる一方、明治12年(1879年)丸善銀行を創設し、金融にも進出する。丸善銀行は書店業から顧客の信頼を得、預金を獲得したが、明治17年(1884年)に経営が破綻し、早矢仕は責任を取り退陣した。その後、丸善は文房具、書籍販売の本業に経営の力点を焦点化することで経営を再建した。