最近の有名人・芸能人 姓名判断 1385

姓だけ入力すると画数の良い命名候補が一覧できます
 有名人の画数を占ってみよう

最近の有名人・芸能人 姓名判断 1385

升味準之輔

升味 準之輔(ますみ じゅんのすけ、1926年4月1日 - )は日本の政治学者。東京都立大学名誉教授。
長崎県出身。東京大学法学部卒業。長年にわたって、東京都立大学法学部で教鞭をとった。
戦後日本の政党政治を「55年体制」と名づけたことで知られる。
『現代政治と政治学』(岩波書店, 1964年)
『日本政党史論(全7巻)』(東京大学出版会, 1965年-1980年)
『現代日本の政治体制』(岩波書店, 1969年)
『政治学講義(上・下)』(岩波書店, 1974年)
『ユートピアと権力――プラトンからレーニンまで』(東京大学出版会, 1976年/増補版, 1986年)
『戦後政治――1945-55年』(東京大学出版会, 1983年)

増保輝則

増保 輝則(ますほ てるのり、1972年1月26日~)は、東京都出身の日本の元ラグビー選手で、現在は神戸製鋼コベルコスティーラーズの監督である。
城北中学でラグビーを始める。城北中学校・高等学校 城北高校3年時に高校日本代表の主将としてスコットランド遠征に参加。早稲田大学に進学後、戦後最年少(当時)となる19歳3ヶ月でラグビー日本代表 日本代表に選出される。ウイングとして活躍。1994年神戸製鋼に入社し、中心選手として活躍。1999年主将に就任。1999年度~2000年度に全国社会人ラグビーフットボール大会 全国社会人大会と日本ラグビーフットボール選手権大会 日本選手権の2冠連覇を成し遂げた。また日本代表としても第2~4回ラグビー・ワールドカップに出場した。2004年4月現役を引退し、神戸製鋼コベルコスティーラーズの監督に就任。

増原良彦

ひろさちや(昭和11年(1936年)7月27日 - )は、日本の宗教評論家であり、多数の一般向けの解説書を執筆している。本名は増原 良彦(ますはら よしひこ)。
大阪府に生まれ、東京大学で印度哲学、仏教学を学び、気象大学校で教鞭を執る。教員生活の傍ら、「ひろさちや」のペンネームで平易な言葉で多数の入門書を執筆し、一般の人々に仏教を身近な物として再認識させた。
因みにペンネームの由来は、ギリシア語で愛するを意味するPhilo(フィロ)と、サンスクリット語で真理を意味するsatiya(サティヤ)の造語である。
また、超宗派の仏教信者の集まりである「まんだらの会」を主宰している。

枡野浩一

枡野浩一(ますのこういち、1968年9月23日 - )は歌人、エッセイスト。東京都出身。専修大学経営学部中退後、リクルートのアルバイトやコピーライターを経て雑誌ライターに。エッセイ、漫画評論、現代詩、小説などさまざまなジャンル作品を発表する。1995年、角川短歌賞応募作品が審査員5人中4人の投票を得ながら落選。1997年、短歌集『てのりくじら』でデビュー。平成の口語短歌運動を後押しした。作歌活動を停止したあと、おもにコラムニストとして働いている。元妻は漫画家の南Q太。
てのりくじら(実業之日本社)
ドレミふぁんくしょんドロップ(実業之日本社)
ますの。(実業之日本社)

増健亘志

柳川 信行(やながわ のぶゆき、1974年1月22日 - )は高知市出身の大相撲力士。三保ヶ関部屋所属。最高位は西十両6枚目(2003年9月場所)。得意は左四つ、寄り。趣味はパチンコと漫画読みである。身長179cm、体重172kg。名字は正しくは栁川と書く。
相撲は小学校4年生から始め、それまでは野球をやっていた。南海中学3年のとき中学生横綱になり、地元高知工業高校から名門日本大学へ進学。1995年、4年時に学生横綱のタイトルを獲得した。1996年一月場所幕下付出(60枚目格)で初土俵。同期に同じく幕下付出の海鵬涼至 海鵬、栃乃洋泰一 栃乃洋、よう司大 燁司(2005年十一月場所を最後に引退)ら。入門時の周囲の期待は大きかったが、下半身の故障や受け身になりやすい取り口、更には糖尿病の持病もあり、2004年5月場所以降現在(2006年9月場所)まで幕下での低迷が続いている。

増田ゆき

増田 ゆき(ますだ ゆき、1973年2月9日 - )は、女性声優。静岡県出身。1993年に東京アナウンス学院を卒業し、江崎プロダクション付属養成所に入所。1995年より、マウスプロモーション(旧江崎プロダクション)に所属している。
身長が低い(現在152cm)ことを悩み、牛乳を飲んだり、小魚を食べたりするなどの努力をしたが、効果はなかった。
7時間は寝ないと朝は機嫌が悪い。
同じ増田姓でタレントの増田英彦(ますだおかだ、1970年生)とは誕生日も同じ。
あぃまぃみぃ!ストロベリー・エッグ(天和ひびき)
アメリカ物語 ファイベルの冒険(生徒たち)
犬夜叉(絵理、春嵐、子供)
エルフを狩るモノたち(マンドラゴラエルフ)

増田宗昭

増田 宗昭(ますだ むねあき 1951年1月20日 - )は日本の男性実業家。CD、雑誌、書籍等の複合量販店であるTSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブの社長。大阪府枚方市出身。同志社香里高、同志社大学経済学部卒。
大学卒業後、株式会社鈴屋に入社し、軽井沢ベルコモンズの開発の他、店長・販促ディレクターなどを歴任。1983年に同社を退社し、「TSUTAYA」の前身「蔦屋書店」を枚方市で創業する。1985年ビデオレンタルフランチャイズ本部であるカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)株式会社を設立。以後同社を発展させる。
『情報楽園会社―TSUTAYAの創業とディレクTVの起業』徳間書店、1996年(ISBN 4198604487)

増田未亜

増田未亜(ますだ みあ、1972年5月6日 - )は、大阪府出身(出生は鹿児島県)の俳優 女優、元アイドル。血液型はO型。何度かの芸能事務所の移籍を経て、現在はスーパービジョン所属。
小学6年生の頃、関西の児童劇団に入団。
1987年4月から、阪急ドラマシリーズ『はずめ!イエローボール』でテレビドラマ初主演。テニスに打ち込む少女役を熱演。その後上京し、数々のテレビドラマで少女役を演じる。幸薄い役柄が比較的多かった。
1988年、河崎実監督のオリジナルビデオ『地球防衛少女イコちゃん2 ルンナの秘密』で、主役・菅河イコ(すげかわ いこ)を演じ、一部で話題となる。
1989年4月、シングル『ハートは水色』で歌手デビュー。彼女独特の声質から「ビスケット・ボイス」とも評された。ただし、歌手活動自体は2年ほどで休止している。

増田寛也

 増田 寛也(ますだ ひろや、1951年12月20日-)は現職の岩手県知事。岩手県胆沢郡前沢町(現・奥州市)出身。現在3期目(平成7年4月30日~)。1977年、東京大学法学部卒。新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)副代表。改革派知事の代表格として知られる。
 建設省 建設官僚としてキャリアを積んでいたが、小沢一郎(当時新進党)の要請があり知事選出馬を決意し、建設経済局建設業課紛争調整官を最後に同省を退官、自民党推薦の前副知事・佐々木浩らを破り初当選を果たした。以後、知事としてはめずらしいほどの外遊で、海外と岩手との関係強化に心血を注いでいる。
 政治とは効率や利益とは相容れない、それゆえ企業が参入しない公共サービスの供給を旨とするものと見られていたが、増田は県政を企業経営と見立て、都道府県 県庁を「県庁株式会社」呼ぶなど、政策に効率を持ち込んだ。相互依存=相互友愛としての公共空間「地方」というこれまでの理念を排し、サービス会社=県庁と、顧客=県民という二項対立図式に基づく地方自治理念の改革論者として知られる。地方政治の「新自由主義」者としてつとに注目されて評価されている。

増田弘

増田 弘(ますだ ひろし、1947年 - )は、日本の政治学者。専門は、日本政治史、日米関係、安全保障論。
神奈川県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、同大学大学院法学研究科修了。琉球大学法文学部助教授を経て、現在、東洋英和女学院大学国際社会学部教授。
1990年、『石橋湛山研究』で石橋湛山賞を受賞。
『日米関係史概説――ペリーからカーターまで』(南窓社, 1977年)
『石橋湛山――占領政策への抵抗』(草思社, 1988年)
『石橋湛山研究――「小日本主義者」の国際認識』(東洋経済新報社, 1990年)
『侮らず、干渉せず、平伏さず――石橋湛山の対中国外交論』(草思社, 1993年)
『石橋湛山――リベラリストの真髄』(中央公論社[中公新書], 1995年)

Page Top