はるき 悦巳(はるき えつみ、1947年5月28日 - )は日本の漫画家。大阪市西成区西萩出身。本名は「はずかしい」ので非公表としている。
第26回(昭和55年度)小学館漫画賞受賞(『じゃりン子チエ』)。
主に人情物を得意とする。つげ義春を深く尊敬している。
中学1年の時に大阪市住吉区に転居。私立浪速中学校・高等学校 浪速高校を経て多摩美術大学油絵科卒業。1年半、マネキン屋でサラリーマン生活を送る。本人曰く「自分は生来の怠け者で、面倒くさいことはいやだ!」というのが持論だという。また、はるき自身はタバコは喫煙するが、下戸であるという。同時に、「じゃりン子」の準主役の竹本テツ(チエの父)が喧嘩や博打とかりんとう カリン糖は好きだが、酒が飲めない下戸という設定のキャラクターは、はるきの意向でもあるらしい。
春川ますみ(はるかわ ますみ、1935年11月16日 - )は、栃木県宇都宮市出身。昭和後期・平成期の女優。
昭和30年代初頭から浅草ロック座でメリー・ローズという芸名でダンサーとして活躍。その風貌からダルマちゃん、ジャンボちゃんの愛称で親しまれた。やがて日劇ミュージックホールに舞台を移して間もなく映画界からスカウトされ、『グラマ島の誘惑』で役者デビュー。以降本格派女優への転身を図る。
『ウルトラマンレオ』(1975年、東京放送 TBS)
『破れ新九郎』(テレビ朝日)
『赤かぶ検事奮戦記』シリーズ(1980年-1992年 テレビ朝日)
『京都マル秘指令 ザ新選組』(1984年、テレビ朝日)
遙 洋子(はるか ようこ)は、大阪府大阪市出身のタレント、作家、フェミニスト。
「遙洋子」と表記。「遙」と「遥」は検索で区別されることに要注意。
武庫川女子大学 武庫川女子短期大学を卒業。
1986年から読売テレビの番組『ときめきタイムリー』で上岡龍太郎とともに司会進行役を8年間務め、テレビ番組「週刊トラトラタイガース」では川藤幸三とともに15年間近くメインキャスターを務めた。
同時に関西のテレビ、ラジオ、舞台などで活躍。
タレント業のかたわら1997年から3年間、東京大学大学院の上野千鶴子ゼミでフェミニズム・社会学を学び、その体験を綴った著書『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』(2000年)がベストセラーに。
春江一也(はるえ かずや)は、元外交官の作家。
1962年、外務省に入省。68年、駐チェコスロバキア大使館在勤中「プラハの春」に遭遇し、ソ連軍侵攻の第一報を打電する。
その後駐東ドイツ大使館、在ベルリン総領事館、在ダバオ総領事館等に勤務。
2000年、日比友好と相互理解推進の功績により、ダバオ市議会より名誉市民称号を贈られる。
『プラハの春』(集英社, 1997年/集英社文庫, 2000年)
『ベルリンの秋(上・下)』(集英社, 1999年/集英社文庫, 2001年)
『カリナン』(集英社, 2002年/集英社文庫, 2005年)
『ウィーンの冬』(集英社, 2005年)
日本の小説家 はるえ かすや
波留 敏夫(はる としお、1970年5月25日 - )は京都府京都市出身の元プロ野球選手、現在は横浜ベイスターズの外野守備走塁コーチ。現役時代は主に中堅手として活躍し、闘志を剥き出しにしたプレーには定評があった。ニックネームは「突貫小僧」「ハマの核弾頭」。
1992年 都市対抗野球で準優勝
1994年 ドラフト会議 ドラフト2位で横浜ベイスターズ 横浜に入団。入団当時は内野手で、怪我で戦線離脱した進藤達哉に代わり遊撃手のレギュラーとなった。進藤の復帰後は外野手にコンバートされ、1年目から53試合に出場。
1995年 「1番・中堅」が定位置となる。調子の波や相手先発投手の利き腕に合わせ、石井琢朗と入れ替わりで1、2番を打つ。
張本 勲 (はりもと いさお、1940年6月19日 - 、広島県広島市生まれ)は、プロ野球選手(外野手)、野球解説者。左投げ左打ち。在日コリアン 在日韓国人二世で、本名は張 勲(チャン・フン、・・弡・j。愛称は「張さん」。あるいは「張」。
母親は身重のまま、三人の子を連れて朝鮮半島(当時日本領)から海を越えて日本に渡り、広島で張本を生んだ。1945年8月6日、5歳の夏、爆心地から2.5kmの広島市段原(現在の南区 (広島市) 南区段原)で被爆。爆風に見舞われ家は倒壊したものの、比治山の影となっていた段原は直接の熱線は届かなかったため、自宅前にいた張本は無事であった。しかし当時11歳だった長姉は、大火傷を負い数日後に亡くなった。
原田 龍二(はらだ りゅうじ、本名 平井 雅章、1970年10月26日 - )は俳優である。東京都足立区出身。血液型A型。身長178cm。コンタクトレンズ使用。聖学院大学政治経済学部政治経済学科中退。トリプルエー所属。
2002年に生まれた長男に続き、2006年4月、第二子となる長女が誕生し、一男一女の父親となる。弟は俳優の本宮泰風で妻のタレント松本明子は義妹になる。ちなみに松本明子とは、かつて何度もテレビドラマ等で共演したことがあり、4歳年上の義妹になるが「姉さん」と呼んで慕っているらしい。
1990年 第3回「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」準グランプリ受賞。
1992年 ドラマ『キライじゃないぜ』(東京放送 TBS系)でデビュー。ドラマ、映画、CMなどで幅広く活躍。
原田 芳雄(はらだ よしお、1940年2月29日 - )は東京都足立区出身の日本の俳優。所属事務所はギルドB。身長は175cm。血液型はA型。褒章 紫綬褒章はじめ、俳優として各種表彰受賞。
毎年12月末に自宅を利用して恒例の餅つきを有名芸能人や劇団・プロダクションの社長を誘って開いている。妻夫木聡や柄本佑、桃井かおり、江藤潤、芳本美代子、松尾貴史、佐野史郎、須賀健太など多くの人が参加している。一般の人々は滅多に入ることができない。地域住民が来れる程度だ。
息子はギタリストの原田喧太
俳優座養成所を卒業後、俳優座座員となる。1968年、松竹映画『復讐の歌が聞える』で主演デビュー。1971年、俳優座の体質を批判して、市原悦子、菅貫太郎、中村敦夫らと退座し、以降、テレビドラマや映画を中心に活躍。
原田 悠里(はらだ ゆり、本名:原田よしみ、1954年12月23日 - )は北島音楽事務所・キングレコード所属の演歌歌手である。熊本県本渡市(現・天草市)出身。鹿児島大学教育学部音楽科卒業。卒業後2年間、横浜の公立小学校にて音楽の教師をしていた。
1982年6月、『俺に咲いた花』でデビュー。
「木曽路の女」
「安曇野」
「津軽の花」
「雪割草」
「みちのく雪灯り」
「女の冬航路」
「春しぐれ」
「のれん花」
「ビロードの夢」
「信濃路ひとり」
「笹舟」
「あじさい橋」
「ほろり酒」
原田裕花(はらだ ゆか、1968年6月5日 - )は、山口県周南市(旧・新南陽市)出身の元バスケットボール選手である。
藤蔭高等学校 藤蔭高校で主将として活躍後、1987年、ジャパンエナジー入社とともに全日本チーム加入。
JOMOサンフラワーズ JOMO黄金時代の中心選手として活躍し、ベスト5やカムバック賞など個人タイトルも多数獲得。
1996年にはアトランタオリンピックに出場。
大会後現役引退。
現在は解説者・講演・執筆・普及活動などを行っている。
日本のバスケットボール選手 はらたゆか
1968年生 はらたゆか
山口県出身の人物 はらたゆか