石坂 浩二(いしざか こうじ、本名:武藤 兵吉(むとう へいきち)、1941年6月20日 - )は、東京都出身。昭和中期から平成期(1960年代-)の俳優、タレント、作家、翻訳家、作詞家、ナレーター。石坂ミュージカル・エンタープライズ社長。政治家・平沼亮三の孫にあたる。
おもに、師匠格である大橋巨泉などから「へーちゃん」(本名・武藤兵吉から)と呼ばれている。芸名の由来は友人である女優大空真弓が自分の好きな作家・石坂洋次郎と俳優・鶴田浩二からそれぞれ拝借して名づけたことによる。慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。大学在学中の1962年、ドラマ「七人の刑事」でデビュー。以後、俳優のみならず、作家、司会者やクイズ番組の解答者など多方面で活躍。後進の指導に熱心で、女優伊藤京子_(女優) 伊藤京子を育成したことでも知られる。
石坂 啓(いしざか けい、1956年3月28日 - )は、女性漫画家、作家、フェミニスト。通称焼きソバ。雑誌「週刊金曜日」の編集委員を務めるほか、コメンテーターとしてのテレビ出演、講演活動なども精力的に行っている。
愛知県名古屋市生まれ。1976年父の経営する会社が倒産。名古屋芸術大学卒業。1978年に上京、手塚プロダクションにてアシスタントの経験後、独立。デビュー作は第2回マンガ少年新人賞佳作入選の『とろりんなんぼく』(1979年)。青年漫画作品を中心に執筆し、ビッグコミックスピリッツで連載した『キスより簡単』はテレビドラマ化、映画化もされた。また、児童文学のイラスト等も手がけている。代表作に『新友録』など。1988年TBSラジオの深夜放送「スーパーギャング」のパーソナリティをつとめた。当時の一人称は「ボク」だった。
石毛 宏典(いしげ ひろみち、1956年9月22日 - )は、千葉県旭市出身のプロ野球選手(内野手)・プロ野球監督。愛称は「ハチ」。
現役時代は抜群のリーダーシップを発揮し、選手・首脳陣そしてファンからの信頼が厚かった。1994年オフには西武ライオンズから監督就任要請も受けている(拒否して福岡ソフトバンクホークス 福岡ダイエーホークスに移籍)。
現役時代の背番号は7番(1995年ダイエー移籍1年目の背番号は0番)。
銚子市立銚子高等学校 市立銚子高校 - 駒澤大学 - プリンスホテル硬式野球部 プリンスホテル - 西武ライオンズ(1980年ドラフト1位)
1974年 ロッテオリオンズからドラフト6位指名を受けるも入団拒否、駒澤大学へ
石毛 直道(いしげ なおみち、1937年 - )は、日本の文化人類学 文化人類学者・民族学者。国立民族学博物館名誉教授・元館長。千葉県出身。
1963年に京都大学文学部史学科卒業。トンガ、西ニューギニア、タンザニアなどフィールドワークを行い、食文化研究に励み、世界各国の食文化に関する著作が多い。甲南大学助教授、国立民族学博物館助教授、教授を経て、1997年から2003年まで館長を務めた。
「住居空間の人類学」
「食いしん坊の民族学」
「食卓の文化誌」
「食卓の文明論」
「はじまりはトンガ-南太平洋フィールドノート」
「文化麺類学ことはじめ」
「食前・食後」
「サムライニッポン-文と武の東洋史」
石黒 達昌(いしぐろ たつあき、1961年9月5日 - )は、日本の小説家。第8回海燕新人文学賞を受賞。本職は東京大学病院腫瘍外科教室の医師。北海道深川市出身。東京大学医学部卒業。現在はテキサス大学助教授。
専門は外科・医学教育であるが、現在まで3回芥川龍之介賞 芥川賞にノミネートされている純文畑の作家でもある。ハネネズミという空想上の動物をノンフィクション風に書いた題名のない横書き小説は、写真なども盛り込んだ斬新なスタイルをとり、大江健三郎、筒井康隆などによって、日本文学に新風を吹き込むものと期待された。その後も医学と文学を融合した作風の作品を次々と発表している。最新刊は早川からの「冬至草」。現在の主な活躍の場は「文学界」「すばる」など
石黒新平(いしぐろ しんぺい、1975年1月18日 - )は、ニッポン放送スポーツ部に所属するアナウンサー。千葉県市川市出身。早稲田大学教育学部英語英文学科卒業。
1997年に東北放送に入社し、「ウキウキ5時らんど」や「TBCニュースウェーブ」のキャスター、スポーツ実況などを担当する。2003年に退社、圭三プロダクションに所属しTBS系「ウォッチ!」のリポーターをつとめる。2004年にニッポン放送に入社し、再びスポーツ実況アナ(プロ野球中継とサッカー中継(主にリポート担当))として活躍している。
2006年2月のトリノオリンピックでは単独でイタリア・トリノに渡り、ニッポン放送の各ワイド番組でリポートを入れた。
石黒 賢(いしぐろ けん 1966年1月31日 - )は日本の俳優。東京都出身。成城大学経済学部卒。
父がプロテニスプレーヤーの石黒修であったこともあり、趣味はテニス。そのレベルの高さは、「青が散る」で確認することができる。デビュー当時は、有名人の二世という育ちの良さから正統派の若手俳優としてお坊ちゃん的イメージが強く、「好青年」「善人」役を演じることが多かったが、90年代後半から徐々に悪役に挑戦する機会も得て、その演技の幅も広がった。また、さわやかな印象を持ち味にしているが、実はかなり毛深く特に胸毛と眉毛が濃い。ドラマ「振り返れば奴がいる」などではその濃い胸毛がかなり露出されており胸毛俳優としても認知されている。俳優・織田裕二とは親友の仲。
石黒彩(いしぐろ あや、1978年5月12日 - )は日本のタレントである。元モーニング娘。のメンバー。愛称は彩っぺ。北海道札幌市中央区_(札幌市) 白石区出身。本名:山田亜弥(やまだ あや)(旧姓名は石黒彩→結婚し山田姓へ→後に亜弥へ改名)。血液型はA型。身長は165cm。所属事務所はクラッチ. Aクラッチ.(旧スタッフ21)。3児の母。