吉田 沙保里(よしだ さおり、1982年10月5日 - )は、日本の女性アマチュアレスリング選手。三重県津市(旧一志郡一志町)出身。三重県立久居高等学校、中京女子大学卒業。綜合警備保障所属。卒業後も中京女子大学を練習拠点としている。
元全日本選手権優勝の父・吉田栄勝の指導の下、3歳でレスリングを始める。めきめきと頭角を表し、同世代では無敗と言われるまで成長。
1998年、1999年の世界カデット選手権で優勝の後、2000年、2001年の世界ジュニア選手権では2連覇している。
2002年のジャパンクイーンズカップでは前年の世界王者山本聖子を破り、アジア大会でも優勝。そのままの勢いで世界選手権、全日本選手権も優勝し、「女王 吉田沙保里」を世界中に認識させることになった。
吉田鋼太郎(よしだ こうたろう、1959年1月14日-)は、日本の俳優、演出家。東京都出身。ホリプロ所属。
シェイクスピアシアター、劇工房ライミング、東京壱組を経て、1997年に演出家 栗田芳宏と共に劇団AUNを結成、演出も手がける。映像面への出演はほとんどなく、舞台俳優として活躍。シェイクスピア作品やギリシア悲劇 ギリシャ悲劇などの古典作品に要求されるスケールのある演技を得意とする。
「ハムレット」(出口典雄演出)
「グリークス」(蜷川幸雄演出)
「奇跡の人」(鈴木裕美演出)
「リチャード二世」(山崎清介演出)
「オイディプス王」(蜷川幸雄演出)
「ハムレット」(ジョナサン・ケント演出)
吉田 健二(よしだ けんじ、男性、1935年1月1日 - )は、京都府出身の日本のアニメプロデューサー、漫画原作者、イラストレーター。アニメ制作会社のタツノコプロダクションの第2代社長、初代会長。
ペンネームは丸山健二(まるやま けんじ、芥川龍之介賞 芥川賞作家の丸山健二と同姓同名になったのは偶然)。タツノコプロ創業経営者一族の「吉田三兄弟」の次男で、兄は漫画家・アニメ原作者・タツノコプロ初代社長の吉田竜夫、弟は漫画家・アニメプロデューサー・タツノコプロ第3代社長の九里一平。タツノコプロ作品などのデザイナー・イラストレーターの吉田すずかと、アニメ制作会社Production I.G役員でアニメのカラーデザイナー、アニメ制作者だった石川みちるは姪にあたる。
吉田 健一(よしだ けんいち)
批評家、小説家、英文学者。 吉田茂の長男。→吉田健一 (英文学者)
弁護士、自由法曹団事務局長。→吉田健一 (弁護士)
三味線奏者。吉田兄弟の弟。
アニメーター →吉田健一 (アニメーター)
全日本ロードレース選手権チャンピオン。→吉田健一 (ロードレース)
吉田 恵
(よしだ めぐむ)サンフレッチェ広島に所属するサッカー選手 → 吉田恵 (サッカー)
(よしだ けい)セントフォース所属の女性アナウンサー → 吉田恵 (アナウンサー)
吉田 圭(よしだ けい、1984年7月4日 - )は、東京都北区出身の広島東洋カープ所属の野球選手 プロ野球選手(外野手)。
帝京高では3年夏の甲子園でベスト4。チームメートの松本高明と共に2002年ドラフト2巡目で広島東洋カープに投手として入団。
しかし、左肩を痛め1年目は治療に専念するも以前の投球が出来ず、シーズン終了後にコーチから野手転向を勧められ、2年目以降は外野手で1軍定着を目指す。
2006年8月31日の読売ジャイアンツ 巨人戦では一塁手として初スタメンを果たす。
身長・体重 185cm・86kg
血液型 A型
投打 左投げ左打ち
球歴 帝京高校 帝京高
プロ入り年度・ドラフト会議 ドラフト順位 2002年・2巡目(広島東洋カープ)
ヴァイオリニスト。後述。
声楽家。ソプラノ歌手。→吉田恭子 (ソプラノ歌手)
女性声優。→吉田恭子 (声優)
吉田恭子(よしだきょうこ、1974年1月11日 - )はヴァイオリニスト。
東京都出身。桐朋学園大学出身。巨匠アーロン・ローザンドに師事。妹はシンガーソングライターのKOKIAとして活躍中。
2001年6月21日発売
:plays The Beatles
2001年6月21日発売
:Sea Shell
2002年9月26日発売
:メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
:サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン
2004年9月8日発売
:nostalgia
クラシック音楽の演奏家一覧
吉田喜重(よしだ よししげ/きじゅう、1933年2月16日 - )は日本の映画監督。
福井県福井市生まれ。福井県立藤島高等学校 福井中学から東京都立六本木高等学校 都立城南中学を経て、東京大学文学部仏文科卒業。1955年松竹大船撮影所に入社。木下恵介等の助監督を経て1960年に「ろくでなし」で監督デビュー。大島渚、篠田正浩らと共に松竹ヌーヴェルヴァーグで活躍する。1964年に女優の岡田茉莉子と結婚。その新婚旅行中に、監督6作目の「日本脱出」(”64)のラストシーンを松竹に無断でカットされたことで退社。1966年に独立プロ現代映画社を設立する。1973年の「戒厳令」の後映画界を離れ、テレビドキュメンタリーを数多く制作する。1986年に13年ぶりに劇映画「人間の約束」を監督。最新作は「鏡の女たち」(2002年)。2003年にフランス政府より芸術文芸勲章オフィシエ賞を贈られる。
デューク・エイセス(Duke Aces)は、男性4人の合唱団(ボーカルグループ)である。1955年に結成された。
黒人霊歌や「にほんのうた」シリーズなどをレパートリーとしている。また、時折、同形態をとるコーラスグループボニージャックスとダークダックスとの共同でショー開催もしている。
高音→低音の順。立ち位置は、左→右に向かって、高音→低音となっている。
飯野知彦(いいの ともひこ、1953年5月6日-)。群馬県出身。トップ・テナー。
吉田一彦(よしだ かずひこ、1936年1月25日-)。大阪府出身。セカンド・テナー。
谷道夫(たに みちお、1934年11月8日-)。宮崎県出身。バリトン。リーダーを務める。
吉田和男(よしだ かずお, 男性, 1948年1月10日-)は、経済学者。専門は、数理経済学、非線形経済学、財政学、日本経済論。工学博士、経済学博士。京都大学大学院経済学研究科教授。新しい歴史教科書をつくる会賛同者。
工学博士号を有することや、つくる会賛同者名簿に名を連ねていることからわかるように、経済学だけでなく工学、歴史学など様々な分野に造詣が深い。また、啓蒙活動も積極的に行い、多くの著書を出版する。現在の日本社会を"精神なき社会"として批判し、1996年からは全人格的教育の場として、『伝習録』の朗読などを行う陽明学の私塾「桜下塾」を主催する。その他にも学会の役員や政府の委員などを多数務め、多忙な毎日を送っている。睡眠時間は平均4、5時間程度。
吉田 栄作(よしだ えいさく、1969年1月3日 - )は、神奈川県秦野市出身の俳優、歌手。ワタナベエンターテインメント所属。矢沢永吉と浜田省吾をリスぺクトしている。
1988年に「ナイスガイ・コンテスト・イン・ジャパン」でのグランプリ獲得がきっかけとなり、映画『ガラスの中の少女』でスクリーン・デビュー。阿部寛、風間トオルらと共にモデルやモデルオーディション上がりという、新しいタイプのイケメン俳優のハシリだった。当時のトレンディドラマにも多数主演して人気を博し、1991年、当時世界的に流行し始めた「クライムサスペンス」を思わす『もう誰も愛さない』の主演は大きな反響を呼んだ。吉田らが俳優としても成功を収めたことで、モデル上がりは顔だけで中身が無い、と言われる事なく、多くの後続が続いた。なお現在隆盛を極めているモデル上がりの女優、女性タレントはこの頃はまだ存在しなかった。吉田らの成功は、演技力は別として男女タレントのルックスを大きく向上させたといえる。
吉田 一穂(よしだ いっすい、1898年8月15日 - 1975年3月2日)は、大正・昭和期の詩人、評論家、童話作家。本名、由雄。
北海道上磯郡木古内町字釜谷村の漁師の家に生まれる。1905年、後志国古平町に移り少年期を過ごす。16歳の時、北海中学校を退学し、東京の海城中学に入学。1918年(20歳)、早稲田大学高等予科文科入学。このころから「一穂」を名乗る。実家の火災により学資が途絶え、1920年に早稲田大学を退学。以後、詩人・童話作家として生涯を送る。1973年、東京にて74歳で永眠。
20代では、三木露風・北原白秋・島木赤彦らに教えを請うた。1926年には、金子光晴らと日本詩人会を創設した。そのほか、絵本の編集長を務めたり、少年期を過ごした古平を「白鳥古丹」と呼んでこよなく愛したことなどでも知られるように、一穂の詩の原点は「北海道」にあり「極北の詩人」とも呼ばれる。
吉田文五郎(よしだぶんごろう、1869年 - 1962年2月21日)は、文楽の人形遣い。大阪府生まれ。
初代吉田玉助の門下になり、彦六座や明楽座等に出る。1909年三代目文五郎を襲名し、1915年からは文楽座へ出て、女形遣いの名手として大正・昭和を通じて人気を集める。1959年文化功労者。
1869年生 よしだぶんごろう
1962年没 よしだぶんごろう