最近の有名人・芸能人 姓名判断 1285

姓だけ入力すると画数の良い命名候補が一覧できます
 有名人の画数を占ってみよう

最近の有名人・芸能人 姓名判断 1285

安丸良夫

安丸 良夫(やすまる よしお、1934年6月2日 - )は、日本の歴史学者。専門は日本近世・近代史。1960年代以降に盛んになった民衆思想史研究の第一人者。
富山県東礪波郡高瀬村生まれ。1947年高瀬小学校卒業、1950年井波中学校卒業、1953年富山県立福野高等学校卒業、1957年京都大学文学部史学科卒業(国史学専攻)、1959年京都大大学院文学研究科修士課程修了(国史学専攻)、1962年京都大大学院文学研究科博士課程単位取得退学(国史学専攻)。
1962年名城大学商学部専任講師、1966年同助教授、1970年一橋大学社会学部助教授、1977年同教授。1980年カリフォルニア大学バークレー校にて研修、1996年コロンビア大学にて研修。1998年に一橋大を定年退官し同大名誉教授。退官後は1997年4月から2005年3月まで早稲田大学大学院文学研究科客員教授を務めた。この間日本福祉大学、静岡大学、高知大学、山口大学、琉球大学、熊本大学、千葉大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、富山大学、大谷大学で教鞭をとる。

安彦良和

安彦 良和(やすひこ よしかず、1947年(昭和22年)12月9日 - )はアニメーター、キャラクターデザイナー、漫画家。神戸芸術工科大学メディア表現学科教授。
北海道遠軽町出身。
1970年にアニメーターになり『機動戦士ガンダム』などに携わる。1979年に漫画家デビューし、数年間アニメと漫画を並行して制作した。1989年に『ヴイナス戦記』を監督して以降は専業の漫画家になった。その後も、キャラクターデザイナーとしていくつかのアニメに参加した。イラストレーションや小説も手掛ける。
漫画には歴史や神話を題材としたものが多い。レフ・トロツキーやネロなど実在の人物を題材にしたものや、日本の古代を舞台にしたものがある。雑誌連載のほかに、イエス・キリストやジャンヌ・ダルクを題材に全ページ彩色した漫画を書き下ろしで発表した。アニメーター時代に主要スタッフとして関わったアニメ『機動戦士ガンダム』の漫画版『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』を、ガンダム専門の月刊誌『ガンダムエース』に2001年から連載。

安原義人

安原 義人(やすはら よしと、1949年11月17日 - )は、俳優、声優。テアトル・エコー所属。
兵庫県相生市出身。米国の俳優ミッキー・ロークの吹き替えで知られる。洋画吹き替えの世界において、大塚芳忠と並ぶ「アメリカ人の声」の持ち主である。
宇宙戦艦ヤマト(太田健二郎)
宇宙戦艦ヤマト2(太田健二郎)
宇宙大帝ゴッドシグマ(ジュリィ野口)
X-MEN(ガンビット)
オズの魔法使い(かかし)
銀河疾風サスライガー(ナレーション)
キャッツ・アイ キャッツ♥アイ(内海俊夫)
キャッツ&カンパニー(グランパ、リロイ)
京極夏彦 巷説百物語(弥作)
銀河鉄道物語(大山敬・第16話)

安原顯

安原 顯(やすはら けん、1939年 - 2003年1月20日 )は日本の編集者。東京都出身。本名の読みは「あきら」。早稲田大学文学部仏文科中退。通称「ヤスケン」。
中央公論社に入り、『パイルディア』『海』『マリ・クレール』『リテレール』などの編集長、副編集長を経て、1997年よりフリーになる。中央公論時代の部下に村松友視がおり、村松は作家として独立後も毎年安原の死の年まで「年賀状の絵」を書いていた。
「スーパーエディター」を自称。村上春樹や吉本ばななの発掘者として知られるが、村上の生原稿を無断で持ち出して売却した事件は、没後に問題となり、安原の評価を大きく落とした。また、安原によって原稿を無断で持ち出され売却された作家は村上一人ではないとも伝えられる。

安永徹

安永徹は(やすなが とおる、1951年 - )は、福岡県出身のヴァイオリン奏者。父は、九州交響楽団永久名誉指揮者の
故安永武一郎。夫人はピアニストの市野あゆみ。
1964年より江藤俊哉氏に師事し、桐朋学園高等学校音楽科を経て、1970年、桐朋学園大学音楽学部入学、在学中の1971年に第40回日本音楽コンクールで第1位受賞。1974年に同大学卒業。
1975年、ベルリン芸術大学に入学し、ミシェル・シュヴァルベ氏に師事。
1977年、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団に第一ヴァイオリン奏者として入団し、1983年に同楽団の第一コンサート・マスターに就任した。後に同氏は、日本のテレビのインタビューに答え、「自分がコンサートマスターになったことより、(外国人である日本人の)自分をコンサートマスターに選んだ(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)方がすごいことだ。」と語っていた。

安田靫彦

安田 靫彦(やすだ ゆきひこ、本名:安田 新三郎、1884年2月16日 - 1978年4月29日)は、大正~昭和期の日本画家である。東京都出身。
前田青邨と並ぶ歴史画の大家で、青邨とともに、焼損した法隆寺金堂壁画の模写にも携わった。「飛鳥の春の額田王」「黎明富士」「窓」はそれぞれ1981年、1986年、1996年に切手に用いられた。良寛の書道 書の研究家としても知られ、良寛の生地新潟県出雲崎町に良寛堂を設計した。また自らも皇居新宮殿千草の間に書、『万葉の秀歌』を揮毫した。
1884年、東京日本橋の料亭の四男として生まれる。1897年、帝室博物館で法隆寺金堂壁画等の模造を見、日本絵画協会絵画共進会にて横山大観、菱田春草、小堀鞆音らの作品に感動し、画業を決意。1898年より小堀鞆音に師事。青邨らと共に紫紅会(後、偶々同じ「紫紅」を名乗っていた今村紫紅も参加し紅児会)を結成。東京美術学校に進むも中退。後岡倉天心に認められ、1907年に日本美術院に招かれた。院展の初回より作品を出品し、再興院展にても尽力。肺病に悩まされながらも晩年まで制作を続けた。1974年の『鞍馬寺参籠の牛若』が院展出品の最後になった。

安田八十五

安田八十五(やすだやそい、1944年8月15日 - )は、環境政策学者(工学博士)。専攻は環境政策学、都市政策学、政策科学、循環型社会システム論。 関東学院大学経済学部教授。
神奈川県横浜市出身。東京工業大学理工学部数学科・社会工学科卒業。筑波大学大学院社会工学系教授を経て、現職。
ごみ問題に関心が深く、土浦市・豊田市及びスーパーカスミ等で実施されている「つくば方式(発券方式)空き缶回収リサイクルシステム」の考案者として知られている。
ごみゼロ社会をめざして―循環型社会システムの構築と実践―
アメリカンリサイクル―環境問題に挑戦する米国の企業と市民―

Page Top