湊 秋作(みなと しゅうさく、1953年 - ) は財団法人キープ協会やまねミュージアム館長、日本環境教育学会運営委員。
都留文科大学文学部初等教育学科卒業。兵庫教育大学大学院学校教育学研究科修士課程修了。理学博士(京都大学)。 24年間に及ぶ和歌山県の小学校教諭を経て、2000年より山梨県清里の財団法人キープ協会・やまねミュージアム館長兼環境教育事業部副事業部長となる。大学時代から続くライフワークのヤマネの研究のほか、環境教育、湿地の保護運動などに関わる。やまねミュージアム館長のほか、山梨県長期計画審議委員、NHK「たったひとつの地球」番組作成委員、日本動物行動学会会員などを務める。
皆口 裕子(みなぐち ゆうこ、1966年6月26日 - )は東京都出身の女性声優。本名:大谷 知子(おおたに ともこ)(旧姓:水口)。青二プロダクション所属。「皆口ボイス」とも呼ばれる独特の甘い優しげな声が特徴。
主な担当キャラクターは『YAWARA!』の猪熊柔、『ドラゴンボールZ』のビーデル、『美少女戦士セーラームーン (アニメ) 美少女戦士セーラームーンS』の土萠ほたる/セーラーサターン、『甲虫王者ムシキング 甲虫王者ムシキング 森の民の伝説』のセランなど。『ねるとん紅鯨団』の初代ナレーションでも知られる。
中学生の時に劇団グループこまどりに入団。1985年にOVA『GREED』のキィ・ミ役で声優デビュー、同年に現事務所へと移籍。
皆川 睦雄(みながわ むつお、1935年7月3日 - 2005年2月6日)は、山形県米沢市出身のプロ野球選手、野球解説者。旧名、睦男(むつお)。福岡ソフトバンクホークス 南海黄金期を影で支えた功労者。引退後は阪神タイガース 阪神、読売ジャイアンツ 巨人、大阪近鉄バファローズ 近鉄のコーチを歴任した。東北楽天ゴールデンイーグルス 楽天の野村克也監督とは同期入団だった。
米沢西高(現・山形県立米沢興譲館高等学校)から1954年南海に入団。3年目の1956年に11勝をあげるも肩をいためオーバースローからアンダースローに転向する。フォームチェンジが功を奏し1957年18勝、1958年17勝。1962年にはチームトップの19勝をあげ安定した成績を残す。
皆川 博子(みながわ ひろこ)は、日本の小説家。東京女子大学中退。
1986年、『恋紅』で第95回直木三十五賞 直木賞受賞。他に『壁ー旅芝居殺人事件』『薔薇忌』『死の泉』『川人』『ライダーは闇に消えた』『水底の祭』など。
1986年 『恋紅』第95回直木三十五賞 直木賞受賞
1990年 『薔薇忌』第3回 柴田錬三郎賞受賞
1998年 『死の泉』第32回吉川英治文学賞受賞
日本の小説家 みなかわ ひろこ
直木賞受賞者 みなかわ ひろこ
皆川 達夫(みながわ たつお 1927年 - )は東京出身の音楽学者。立教大学名誉教授。ルネサンス音楽の研究で知られる。
水戸藩士の家系に生まれ、幼時から謡曲を習う。1940年、東京都立第八中学校(東京都立小山台高等学校の前身)に入学。同年、能「巴」に接して感動、しばしば能楽堂や歌舞伎座に通い、級友からは「アブちゃん」(abnormalから)という綽名で呼ばれていた。やがてグレゴリオ聖歌やパレストリーナのレコードを聴いて感動したことがきっかけで、ルネサンス期の西洋古典音楽に熱中し、音楽学者を志すに至った。このため、当時の軍国主義的風潮の中で非国民とされいじめも受けた。当時の国語教師に加藤楸邨がいた。
皆川猿時(みながわさるとき; 1971年2月1日 - )は大人計画所属の俳優 舞台俳優。本名は皆川利美。福島県出身。宮藤官九郎率いるグループ魂の専属司会者で、グループ魂では港カヲルとして活躍中。愛称はカヲルさん。出演作品に仮面ライダー555、こころ (朝ドラ) こころ、阿修羅城の瞳、里見八犬伝 (2006年) 里見八犬伝など。
日本の俳優 みなかわさるとき
1970年生 みなかわさるとき
皆川 賢太郎(みながわ けんたろう、1977年5月17日 - )は日本のアルペンスキー選手。新潟県湯沢町出身。チームアルビレックス新潟所属。父は元競輪選手。現在、スキーはアトミックを使用している。
1998年、長野オリンピック代表、2002年、ソルトレークシティオリンピック代表。2006年、トリノオリンピック代表。
2000年2月、FISワールドカップ ワールドカップ・回転 (スキー) 回転、オーストリア・キッツビューエル大会で、ゼッケン60番から6位に入賞し、世界のトップスラローマーの仲間入りを果たした。同年3月、大韓民国 韓国・ヨンピョン大会でも6位に入賞している。
2001年、6位、8位、10位、10位と、立て続けに好成績を残し、第1シード入りを果たす。日本人としては4人目の第1シード選手となった。
皆川おさむ(みながわおさむ 1963年1月22日 - )は、元子役、童謡歌手。現在は工業デザイナー。
ひばり児童合唱団の運営にも携わっている。カーマニアとしても有名。
「チンチン55号!出発進行」(映画、松竹 1969年)
「こちら55号応答せよ!危機百発」(映画、松竹 1970年)
「黒ネコのタンゴ」(1969年10月)
「サッちゃん」(1970年4月)
「ちびっこカウボーイ」(1970年4月。「サッちゃん」のレコードB面。置鮎礼子と共演)
「黒ネコのタンゴ/だんご3兄弟」(1999年4月。黒ネコのタンゴは1969年当時の音源、だんご3兄弟は新録)
子役 みなかわおさむ
日本の俳優 みなかわおさむ
日本の歌手 みなかわおさむ
Minakata Kumagusu
南方 熊楠(みなかた くまぐす、1867年5月18日(慶応 (元号) 慶応3年4月15日 (旧暦) 4月15日) - 1941年12月29日)は、博物学者、菌類学者、民俗学者。菌類学者としては動物の特徴と植物の特徴を併せ持つ粘菌の研究で知られている。主著『十二支考』『南方随筆』など多数。歩くエンサイクロペディア(百科事典)と呼ばれ、彼の言動や性格が奇抜で人並み外れたものであるため、後世に数々の逸話を残している。
子供の頃から、驚異的な記憶力を持つ神童だった。彼のその学風は、ひとつの分野に関連性のある全ての学問を知ろうとする膨大なものであり、土蔵に篭っていそしんだ研究からは、曼荼羅のような知識の網が産まれた。現代科学の方法論の見地からは、考察は粗雑であり、学問的に純化されていないとする批判もあるが、独特の宇宙観、破天荒な生き方を評価する向きもある。