南 竜介(みなみ りゅうすけ、1981年7月9日 - )はプロ野球千葉ロッテマリーンズに所属する外野手、背番号は65番。
球界でも有数の強肩の持ち主、愛称はナンちゃん、ナンスケとも呼ばれている。
高校:報徳学園時代には、「竜」と呼ばれていた。卒業アルバムの高校時代の思い出という箇所に、自転車通学で足筋が強くなって良かったと書いている。森山周(オリックス)と3年間クラスメイト。
1998年 - 全国高等学校野球選手権大会 夏の甲子園に出場。
2000年 - ドラフト会議 ドラフト5位で横浜に入団、当時は投手だったがあまりにもコントロールが悪かったため、2年目の2001年から外野手に転向した。
南 佳孝(みなみ よしたか、1950年1月8日-)はミュージシャン。東京都大田区出身。明治学院大学卒業。
子供の頃から兄や姉の影響で洋楽ばかりを聴いて育ち、中学時代には仲間とともにバンドを結成した。このバンドではジャンケンで負けたためドラムを担当したという。そして中学生の時点から既に「音楽で身を立てて生きていく」事も決心していたという。また、大学在学中ジャズに傾倒していたことが後の曲作りに大きく影響している。
1972年にテレビ番組「リブ・ヤング」(フジテレビ系)のシンガーソングライターコンテストで3位になり、翌1973年9月21日にアルバム『摩天楼のヒロイン』(松本隆プロデュース)でデビュー。この日、文京公会堂にて行われた音楽バンド「はっぴいえんど」の解散記念イベント「CITY-Last Time Around」への参加がデビューステージとなる。1979年に発売された『モンロー・ウォーク』を郷ひろみが『セクシー・ユー』のタイトルでカバーし大ヒットした。その後、映画音楽やCMソング、他のアーティストとのコラボレーションやプロデュース、さらに音楽以外ではナレーションなどもこなす。
南 芳一(みなみ よしかず、1963年6月8日 - )は、日本の棋士 (将棋) 将棋棋士。大阪府岸和田市出身。木下晃七段門下。棋士番号147。
対局中、正座したままほとんど動かず、棋界一寡黙とも言われ、堅実で腰の重い棋風もあって石のお地蔵様と指しているようだとして「地蔵流」と呼ばれる。
王将戦・棋王戦といった冬に行われるタイトル (将棋) タイトル戦に強かったため「冬将軍」とも言われる。
その棋風や雰囲気から「リトル大山」と言われたこともある。
昭和55年に四段に昇段した「55年組」の一人。四段昇段後5年でA級入りしタイトル戦登場16回、獲得・防衛7回の実力者であるが、近年(特に羽生世代の台頭後)はやや不振である。
南 美江(みなみ よしえ、1915年10月5日 - )は、日本の女優。演劇集団 円所属。
広島県出身。横浜市で育ち、横浜の高等女学校を卒業後、宝塚音楽学校 宝塚音楽歌劇学校に入る。1933年、宝塚歌劇団に入団し、『トゥーランドット トゥーランドット姫』で初舞台。美空暁子の名で男役として活躍するも、1941年、「戦時色が濃くなり夢がなくなった」として退団。
かかりつけの医師が長岡輝子を知っていたことから、1942年に文学座研究生となる。南美江の名で、1944年に文学座で初舞台を踏んで以降、文学座、グループNLT、浪曼劇場、劇団雲を経て、1975年、芥川比呂志、中村伸郎らと「演劇集団 円」を創立。以降も舞台のほか、映画・テレビでも活躍。1988年、勲四等瑞宝章を受章。
南 洋一郎(みなみ よういちろう、1893年1月20日 - 1980年7月14日)は、作家、冒険小説家。東京生まれ。本名は池田宜政(いけだ よしまさ)。池田宣政(いけだ のぶまさ)、荻江信正(おぎえ のぶまさ)等の筆名でも活躍した。
池田宣政名義による感動実話「形見の万年筆」は、多くの教科書に収録されてきた他、池部良主演で映画化もされている。
少年向けの冒険小説を多数執筆し、児童向けルパンとして愛されてきたポプラ社版「怪盗ルパン全集」の訳者(翻案者)としても知られている。
没後即日、勲章 勲四等瑞宝章が追贈された。
冒険小説
大沙漠の怪塔
謎の空中戦艦
緑の黄金塔
魔界の黄金塔
名前=南雄太
本名=
愛称=
カタカナ表記=ミナミ ユウタ
アルファベット表記=MINAMI Yuta
原語名=
原語表記=
国=日本
誕生日=1979年9月30日
出身地=神奈川県
身長=185cm
体重=75kg
血液型=A型
所属チーム名=柏レイソル
ポジション=ゴールキーパー GK
南美希子(みなみ みきこ、本名:堀池美希子(旧姓:南) 1956年2月26日 - )は、元テレビ朝日アナウンサーで現在はフリーアナウンサー・タレント。東京都出身。太田プロダクション所属。東京女学館高等学校卒、聖心女子大学国語国文科入学、3年次で中退し、1977年テレビ朝日(当時:全国朝日放送)にアナウンサーとして入社。1986年退職し、現在はフリー。1996年、建築家堀池秀人と結婚し、翌年に一児を出産(このとき40歳を越えており、高齢出産として話題となった)。夫堀池秀人は子供が小さいときは家事や育児に積極的に参加したことを著書に書いている。
近年は各種の化粧品から皺取り・コラーゲン注入などの”美容医療”まで幅広く取材・記事化で好評を試み、日本の"美容ライター"としての活動している。
三波 春夫(みなみ はるお、1923年7月19日 - 2001年4月14日)は、新潟県越路町(現・長岡市)出身の大衆歌謡の歌手。本名は、北詰 文司(きたづめ ぶんじ)。紫綬褒章受章、旭日章 勲四等旭日小綬章受章、新潟県民栄誉賞受賞。
元浪曲師であり、浪曲に題材を取った歌謡浪曲を得意とした。特に「元禄名槍譜 俵星玄蕃」に代表される長編歌謡浪曲は、三波にしかできない芸当と評される事が多い。
いつも朗らかな笑顔を絶やすことがなかった。ファンサービス精神旺盛で、「お客様は神様です」の名言は有名。和服で歌う初めての男性歌手といわれている。同じ浪曲出身の村田英雄はライバルと位置付けられていた。長男は、俳優、タレントとして活躍する三波豊和。
三並夏(みなみ なつ 1990年-)は日本の女性作家。
静岡県出身・在住。高校受験を控えているということを理由に、デビュー当時より本名・生月日等、詳細なプロフィールは非公開としている。高校に進学した現在も非公開のままである。
2005年、15歳のときに、第42回文藝賞を青山七恵の「窓の灯」とともに、デビュー作「平成マシンガンズ」で受賞。この受賞は、これまで最年少だった綿矢りさの最年少記録(デビュー作『インストール』で2001年の第38回文藝賞を当時史上最年少の17歳で受賞)を塗り替え、現在でも破られてはいない。大手出版社が主催する小説の賞では、同年、当時高専1年生で15歳の河崎愛美の「あなたへ」が第6回小学館文庫小説賞を受賞しているが、中学生の受賞は異例である。
三波 豊和(みなみ とよかず、1955年8月10日 - )は、男性タレント タレント。本名北詰 豊和。昭和の天才歌手・三波春夫の実子である。慶應義塾大学文学部卒業、太田プロダクション所属。
2005年、2005年日本国際博覧会 愛知万博の開催に合わせて実父の「日本万国博覧会 世界の国からこんにちは」をカバーした「世界の国からこんにちは2005」をリリースする。
ドラマにも出演している。人物的イメージから気弱なお調子者、だが何となく憎めないという役柄が多い。
先生は一年生(東大生森岡、1981年、日本テレビ)
意地悪ばあさん(万年浪夫、フジテレビ)
おーい!はに丸(神田くん、1983年-1989年、NHK教育)
南 伸坊(みなみ しんぼう、本名は伸宏。1947年 - )は日本のイラストレーターである。軽妙なエッセイの著作も多く、本の装丁も手掛けている。
雑誌『ガロ (雑誌) ガロ』の編集長を務める。赤瀬川原平らと路上観察学会にも参加。おむすび型の頭をトレードマークにしており、これを強調した自画像イラストでも知られる。日清食品 日清チキンラーメンのCMなどにも出演した。
任天堂のゲームソフトMOTHERのキャラクターデザインも手がけている。
さる業界の人々(1981年)
哲学的(1983年)
笑う写真(1990年)
歴史上の本人(1997年)
大人の科学
ビニ本
1947年生 みなみしんほう
日本のイラストレーター みなみしんほう
南流石(みなみ・さすが、1958年7月9日 - )は日本の振付師である。本名は南潤子(みなみじゅんこ)で、芸名の名付け親は桑田佳祐である。
幼少期よりバレエやジャズダンスなどに取組、16歳の頃からインストラクター、20歳の頃にはミュージカルダンサーとして活躍していた。だが日本のダンスが海外からのコピーによるものに抵抗を感じたのか、自分自身で創作ダンスを展開し、ストリートパフォーマーとして活動するようになっていく。その後歌手の振り付けやコンサートなどのバックダンサーとしての出演、更にコマーシャルの振り付けなどにも取り組む一方、自らが率いるダンサーチーム「流石組」(さすがぐみ)で後継者の指導にも当たっており、年末のNHK紅白歌合戦では例年、複数の歌手のバックで「流石組」のクレジットを目にすることが出来る。また「JAGATARA」というロックバンドの一員でもある。
南 こうせつ(みなみ こうせつ、本名 南高節、1949年2月13日 - )は、大分県大分市出身のフォークシンガー・元かぐや姫 (フォークグループ) かぐや姫リーダー。大分県立大分舞鶴高等学校卒業、明治学院大学中退。血液型はAB型。現在、大分県杵築市在住。
大分市の曹洞宗勝光寺の生まれ。現在は兄が住職を務めている。
「南高節とかぐや姫」としてベース奏者、大島三平らと『酔いどれかぐや姫』でデビュー。全日本歌謡選手権に出るも、10週勝ち抜きならず。その後山田パンダ、伊勢正三と新生かぐや姫 (フォークグループ) かぐや姫を結成。かぐや姫解散後ソロ活動。
日本武道館では、日本人アーティストとして初めてコンサートを行った。
南 果歩(みなみ かほ、1964年1月20日 - )は、兵庫県尼崎市出身の俳優 女優。尼崎市立尼崎高等学校 市立尼崎高等学校、桐朋学園短期大学演劇科卒業。HUMANITE所属。
元夫は歌手・作家の辻仁成(1995年結婚、2000年3月離婚)、現夫は俳優の渡辺謙(2005年12月3日結婚)。辻との間に長男がいる。
『伽椰子のために』(1985年)
『日本殉情伝おかしなふたり/ものくるほしきひとびとの群』(1986)
『漂流教室』(1987年)
『蛍』 (1989年)
『帝都大戦』 (1989年)
『エンジェルダスト』 (1994年)
『不機嫌な果実』(1997年)
『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』(2001年)
『白い犬とワルツを』(2004年)
南和彰(みなみ かずあき、1981年8月27日‐)は、読売ジャイアンツ所属の投手。
生年月日:1981年8月27日
血液型:O型
身長・体重/投打:1m84cm/右投げ右打ち
出身地:兵庫県
球歴:神港学園神港高等学校‐福井工業大学‐読売ジャイアンツ(2003年ドラフト8巡目)
守備位置:投手
66(2004年-)
2004年:2試合 0勝0敗 0セーブ
2005年:1軍出場なし
小学校3年時に陽明レッドコメッツにて野球を始め、高校入学後2年生の春からエースとなり3年夏の県大会はベスト8。大学ではリーグ戦24連勝を達成し、通算32勝をマーク。1試合19奪三振の快投もマーク。
1981年生 みなみかすあき
日本の野球選手 みなみかすあき
南央美(みなみ おみ、1968年7月13日 - )は女性声優。大沢事務所所属、かつてはアーツビジョン、ぷろだくしょんバオバブにも所属していた。
東京都出身。機動戦艦ナデシコのホシノ・ルリ役で人気を博す。「バカばっか」という名言とともに自他共に認める代表キャラクターとなった。
:様々なタイプの女性キャラクターを演じる一方で少年役にも長けている。
『まんがライフMOMO』で、自身の通販ライフを記した「通販BINちゃん生活」を執筆している。
ちなみに「央美」は本名である。
高校時代、非常に校則の厳しいミッション系の女子校に通っていた。
声優になる前はジャパンアクションクラブ(現:ジャパンアクションエンタープライズ)に所属していた。
湊富士 孝行(みなとふじ たかゆき、1968年7月6日-)は群馬県安中市出身の元大相撲力士。本名は三浦孝行。身長186cm、体重172kg。最高位は東前頭2枚目(1995年9月場所)。現・年寄立田川。
中学卒業と同時に湊部屋に入門し、1984年3月場所に初土俵を踏んだ。決して早くはなかったものの着実に番付を上げて行き、1992年1月場所に十両に昇進した。1993年5月場所には12勝3敗の好成績を挙げ十両優勝。翌7月場所には新入幕を果たした。右四つに成ると力を発揮した。柔軟な身体で、土俵際に攻め込まれても下手投げを打って逆転するといった粘りの相撲が持ち味だった。三役を狙える場所も有ったが、攻めが遅いところがあり昇進できなかった。しかし金星は3度も獲得しており、1999年9月場所には新横綱だっだ武蔵丸光洋 武蔵丸からも金星を獲得している。2001年7月場所を最後に十両に陥落すると、全盛期のような粘りの相撲が取れなくなり十両下位に低迷。2002年9月場所には幕下に陥落したため現役を引退し、年寄・立田川を襲名した。