林 京子(はやし きょうこ、1930年8月28日 - )は小説家。
1930年8月28日、長崎県長崎市出身。誕生の翌年、上海に移住し、1945年に帰国し、長崎高等女学校3年に編入学。同年8月9日、市内大橋にある三菱兵器工場に学徒動員中、被爆した。長崎医科大学附属厚生女学部専科中退。「祭りの場」(「群像」1975.6)で第18回群像新人文学賞、および第73回芥川賞。その後も被爆体験をもとにした作品を展開する。
祭りの場
ギヤマンビードロ
ミッシェルの口紅
無きが如く
自然を恋う
三界の家
ヴァージニアの青い空
やすらかに今はねむり給え
樫の木のテーブル
原子爆弾
『夏の花』(原民喜)
『黒い雨』(井伏鱒二)
林 和人(はやし かずひと、1975年7月14日 - )は、アナウンサー。岐阜県出身。
早稲田大学卒業後、1999年高知さんさんテレビ入社でアナウンサーデビュー。2002年北海道テレビに移籍。
現在はスポーツ中継を担当。さんさんテレビ時代の同期は尾辻舞(現在はtvkアナ)。
ローカル局のアナウンサー はやしかすひと
スポーツアナウンサー はやしかすひと
1975年生 はやしかすひと
林 郁夫(はやし いくお、1947年1月23日 - )は、オウム真理教の元幹部で地下鉄サリン事件の実行犯。信者としての名前(ホーリーネーム)は、「クリシュナナンダ」。
1947年、品川 (地名) 品川の開業医の家に生まれた。慶應義塾中等部から慶應義塾高等学校を経て慶應義塾大学医学部卒業後、アメリカ合衆国 アメリカに留学、帰国後茨城県東海村の病院に勤める。
1989年オウム真理教に入信、1990年5月に出家信者となる。師長になり、東京都中野区にあった教団付属医院の院長に就任。1994年には治療省大臣となる。
1995年、地下鉄サリン事件の実行犯として東京地下鉄千代田線 千代田線にサリンを撒布し2人を殺害、231人に重軽傷を負わせた。
林 海象(はやし かいぞう、男性、1957年7月15日 - )は、京都府京都市生まれの映画監督・映画プロデューサー・脚本家・京都造形芸術大学教授。
立命館中学校・立命館高等学校を経て1977年立命館大学経済学部を中退。制作会社「映像探偵社」を起こし、1986年にモノクロ・字幕映画として撮った「夢みるように眠りたい」で映画監督デビュー。林はそれまで映画制作現場での経験が全くなかったものの、このデビュー作は高評価を得た。その後、多くの作品の監督、脚本、制作を手掛ける。監督作の多くに、探偵が登場するのも特徴である。
代表作「アジアンビート」シリーズでは永瀬正敏を主演に起用。後の「私立探偵 濱マイク」シリーズの原型になった。
早坂 好恵(はやさか よしえ、〔本名:脇田好江、旧姓:平田〕1975年9月25日 - )は沖縄県那覇市出身の女性タレント。堀越学園高校卒業。男と女の双子である。
幼少時代から「沖縄アクターズスクール」にて活躍。同校出身のDA PUMPのメンバー、DA PUMP ISSAの実姉の里中茶美(辺土名茶美)と人気グループユニット「HeBeE」で活躍後、上京し、田辺エージェンシーに所属。人気アイドルとして何枚かのシングルと1枚のアルバムをリリースした。「笑っていいとも!」にも一時期レギュラー出演し、バラエティ中心に、お茶の間の人気者となる。
アクターズ仕込みのハイトーンでさわやかな歌唱力を売りに、時折「夜もヒッパレ」でも発揮。
早坂 文雄(はやさか ふみお、1914年8月19日 - 1955年10月15日)は、日本の作曲家。
1914年(大正3年)、宮城県仙台市に生れる。祖父の代までは裕福な家柄だったというが、父の代には没落していた。幼時、札幌に移住する。家庭はこれといって音楽的環境ではなかったが、父は日本画をたしなみ、早坂文雄自身も北海中学時代には洋画家になろうと思っていたが、15歳の頃から作曲を志した。しかし16歳の時に父が出奔し、翌年には母も病没したため、2人の弟妹の面倒を一人で見なければならず、そのため中学卒業後は音楽学校に入りたいという希望を持ってはいたが、やむなく実社会に入った。
だが音楽への情熱は冷めやらず、ピアノを買えない彼は、ピアノの音が聴こえれば、見知らぬ家であろうとかまわずに、その家でピアノを弾かせてもらっていた。この頃に伊福部昭、三浦淳史と知り合い、互いに意気投合する。早坂文雄はピアノ、伊福部はヴァイオリンを弾き、伊福部が同好の大学生と組織した弦楽四重奏団と伊福部の兄の弾くコントラバスを加えてピアノ六重奏団を結成した。1934年(昭和9年)、「新音楽連盟」を創立し、第1回国際現代音楽祭を札幌で開く。曲目はすべて日本初演となる西欧現代作品で埋め、早坂文雄はサティの《3つのグノシエンヌ》、《気取り屋の気むずかし屋の3つの特異的ワルツ》などを演奏した。この頃の作品はラテン的な影響の中に日本的なニュアンスの確立を目指したものである。ピアノ曲《激越なる小品》(1934)、《サティ讃歌》(1934)、コープランドに捧げた《君子の庵》(1934)、《エヴォカシオン》(1935)などがあるが、これらはのちに習作として作品リストから除外している。
早坂 隆(はやさか たかし、1973年9月2日 - ) は愛知県岡崎市出身のルポライター。
帝京大学文学部心理学科卒。旅行雑誌の編集を経てフリーのライターとなる。現地に密着したルポから旅行エッセイ、スポーツエッセイなどを手掛けている。2001年から2年間ルーマニアに移住。2002年『地下生活者たちの情景~ルーマニア・マンホールピープルの記録』で第12回週刊金曜日ルポルタージュ大賞優秀賞受賞している。他の著作に『祖父の戦争』『世界の日本人ジョーク集』など多数。
日本のジャーナリスト はやさか たかし
1973年生 はやさか たかし
早坂 茂三(はやさか しげぞう、男性、1930年6月25日 - 2004年6月20日)は、日本の政治評論家。 北海道函館市出身。
北海道函館中部高等学校を経て、学生運動にのめりこみ浪人留年を繰り返した後に1953年に早稲田大学政治経済学部を卒業。東京タイムズ 東京タイムズ社に入社し『東京タイムズ』の政治部記者として田中角栄と知り合った。 1962年、大蔵大臣を務める田中の秘書官になり、田中の内閣総理大臣在任中を含め、田中が脳梗塞で倒れた1985年まで政策担当の秘書を務めた。 その後、田中の長女・田中真紀子 真紀子と対立し、政治評論家に転身した。田中角栄の政治的足跡や生き方をテーマにした著書を複数出す一方、人生論を若者向け雑誌に連載するなど、活動を広げていた。