野中 広務(のなか ひろむ、1925年10月20日 -)は、京都府船井郡園部村(後の園部町、南丹市園部町)出身の政治家。自由民主党 (日本) 自由民主党の元衆議院議員。衆院議員時代の選挙区は京都府第4区 京都4区(当選7回)。日中友好協会顧問。日本行政書士政治連盟最高顧問。平安女学院大学客員教授。
旧制京都府立園部中学校(後の京都府立園部高等学校)卒業。日本国有鉄道職員、衆院議員・田中好の秘書、園部町議会議員(3期)、園部町長(2期)、京都府議会議員(3期)、京都府副知事を経る。府議の12年間は野党として共産党の蜷川虎三 蜷川府政と対峙する。
1983年8月に前尾繁三郎、谷垣専一の両衆院議員死去に伴う衆議院旧京都2区補欠選挙で初当選し国政に参加、自治大臣・国家公安委員会委員長、自民党幹事長代理、内閣官房長官、自民党幹事長などを歴任し、2003年10月政界を引退。
野中ともよ(のなか ともよ、1954年6月18日-)はテレビキャスター、ジャーナリスト。東京都出身。そのルックスから「ペコちゃん」と呼ばれたことがある。
上智大学文学部新聞学科を卒業後、アメリカ合衆国のミズーリ・コロンビア大学大学院に留学。帰国後フォトジャーナリストとしての活動を開始。その後1979年からNHK総合テレビの報道、スポーツニュース番組でキャスターに就任。1993年から1997年にはテレビ東京・ワールドビジネスサテライトの司会を担当した。1994年、上智大学大学院文学研究科博士前期課程修了。2001年には経済界大賞「フラワー賞」を受賞。
現在はジャーナリスト活動のほか、各種社会団体の委員、企業の社外取締役などの役員として活躍。2002年三洋電機の社外取締役に就任。2005年には同社の会長兼最高経営責任者(CEO)に就任。
野中 信吾(のなか しんご、1983年9月24日- )はプロ野球・横浜ベイスターズに所属する内野手。
代走要員などで出場機会の多い足のスペシャリスト。
2001年 - 選抜高等学校野球大会 春の甲子園に出場(2回戦敗退)。全国高等学校野球選手権大会 夏の甲子園に出場(3回戦敗退)。秋のドラフト会議で北海道日本ハムファイターズ 日本ハムファイターズに5巡目で指名され入団(この時本人は横浜希望だったらしい)。
2003年 - オフに横山道哉投手とのトレードで横浜に移籍。
2004年 - イースタンリーグの盗塁王を獲得。一軍でも代走で7試合に出場し3盗塁している(打席機会なし)。
2005年 - 代走要員として一軍に定着。4月29日の対中日ドラゴンズ戦で移籍後初打席に立ち、右中間を破るタイムリー三塁打を放った。
野中郁次郎(のなか いくじろう、1935年5月10日 - )は経営学者。2002年、紫綬褒章受章。カリフォルニア大学バークレー校経営大学院ゼロックス知識学特別名誉教授・一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。ナレッジマネジメント 組織的知識創造理論の生みの親として知られる。
2004年講書始の儀進講者。
エーザイ取締役、富士通取締役、元雪印乳業監査役等を歴任。
2006年事業創造大学院大学非常勤教員就任。
1958年 早稲田大学政治経済学部卒業
同年 富士電機製造株式会社入社
1972年 カルフォルニア大学バークレー校経営大学院博士課程修了、Ph.D
1978年 南山大学経営学部教授
1979年 防衛大学校教授
野月 浩貴(のづき ひろたか、1973年7月4日 - )は、日本の棋士 (将棋) 将棋棋士。棋士番号221。北海道出身。勝浦修九段門下。
居飛車党の棋士である。横歩取り8五飛の産みの親は中座真、育ての親は野月浩貴といわれ、まだ同戦法が流行していない頃、この戦法を連採して高勝率を収めた。(この戦法のおもしろさを、イングランドのサッカーのようなスピード感ある攻撃と結びつけて説明したことがある。)2004年にB級2組、2005年にB級1組に昇級を果たした。
前述のように大のサッカーファンでもあり、日本将棋連盟のサッカー部部長を務めた経験がある。
瀬川晶司とは新進棋士奨励会 奨励会時代から仲が良く、編入試験の際は裏方として尽力した。
野田 佳彦(のだ よしひこ、男性、昭和32年(1957年)5月20日 - )は、平成期の日本の政治家。衆議院議員(4期)。
民主党 (1996-) 民主党前国会対策委員長。松下政経塾出身(1期生)。民主党若手・中堅議員のリーダー格の一人である。
昭和32年(1957年)5月20日
千葉県船橋市
早稲田大学政治経済学部
政治経済学士
千葉県議会議員
衆・財務金融委員会委員
衆・政治倫理公選法改正特別委員会委員
世襲ではない
千葉4区
民主党(野田グループ)
国民運動委員長
千葉県総支部連合会副代表
衆・第1議員会館441号室
野田義治(のだ よしはる、1946年3月28日 - )は、サンズエンタテインメントの代表取締役社長。
他にイエローハウス、トラフィックジャパンの代表取締役社長、アド・トラスト取締役。元イエローキャブ (芸能プロダクション) イエローキャブの代表取締役社長。
富山県富山市生まれ、広島県呉市育ち。巨乳バカ一代を自称し堀江しのぶを始め、かとうれいこ、山田まりや、細川ふみえ、雛形あきこ、小池栄子、佐藤江梨子、MEGUMIら数々のバストの豊かさが特徴的な女性タレントを育ててきた。毎日新人の面接をこなし、売り出すタレントは全て自らの面接で合格した者のみ、自身の直感だけで決めると言う。
野田 昌宏(のだ まさひろ、1933年8月18日 -)は、福岡県生まれの日本の小説家、SF作家、翻訳家、宇宙開発評論家、プロデューサー。元日本テレワーク株式会社代表取締役社長(現在は相談役)。株式会社ガイナックスの監査役。本名は野田 宏一郎(のだ こういちろう) 。SFファンには、「宇宙軍大元帥」として知られる。
野田昌宏の功績は主に本業であるTV番組作成とSF関連の活動に分かれる。
フジテレビ時代にはディレクターとして『日清ちびっこのど自慢』などの人気番組を手がける。
日本テレワーク株式会社として手がけた番組は『ひらけ!ポンキッキ』、『料理の鉄人』、『発掘!あるある大事典』、『クイズ$ミリオネア』など多数。
野田 正彰(のだ まさあき、1944年3月-) は、高知県出身の精神科医、評論家、ノンフィクション作家である。専攻は、比較文化精神医学、文化人類学。医学博士。
北海道大学 北大卒業後、パプア・ニューギニア高地で比較文化精神医学的研究を行った。
1963年 土佐中学校・高等学校 土佐高等学校卒業。
1969年 北海道大学医学部精神病理学専攻卒業。
1977年 長浜赤十字病院精神科部長。
1987年 神戸市外国語大学国際関係学科教授。
1991年 京都造形芸術大学芸術学部教授(比較文明論)。
2000年 京都女子大学現代社会学部教授 。
2004年 関西学院大学教授(学長直属)。
『災害救援の視点―神戸市長田区から世界へ』関西学院大学出版,2005.10