野尻 抱介(のじり ほうすけ、1961年)は三重県生まれの日本の小説家、SF作家。
計測制御・CADプログラマー・ゲームデザイナーを経て、1992年にゲーム(プレイバイメール)『クレギオン』のノヴェライズ『ヴェイスの盲点』で作家デビュー。以後、尊敬するアーサー・C・クラークを目標に、宇宙を題材にしたサイエンス・フィクション SFを書き続ける。
その作品群は、非常にハードSF的傾向が強い。例えば、「クレギオン」シリーズは、太陽系外惑星を主な舞台としており、巻ごとにまったく異なる性質の惑星を登場させて惑星物理学がストーリーの根幹に大きく関わっている。「ロケットガール」シリーズでは、有人ロケット打ち上げの技術的問題を正面から扱っている。(女子高生が宇宙に飛び出すのにも、軽い体重という厳然たる物理学的根拠があるのだ)
野島 裕史(のじま ひろふみ、1973年4月16日 - )は男性声優。シグマ・セブン所属。
東京都出身。血液型はA型。
父は声優の野島昭生、弟は声優の野島健児。
アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル(ヘイスティングス)
ARIA The ANIMATION(出雲暁)
ARIA The NATURAL(出雲暁)
いぬかみっ!(川平宗太郎)
犬夜叉(弟子)
うえきの法則(黒岩)
うたわれるもの(ヒエン)
OVERMANキングゲイナー(ゲイナー・サンガ)
陰陽大戦記(キクサキ)
かりん (漫画) かりん(ブギーくん)
学園アリス(副担任)
学園ヘヴン BOY”S LOVE SCRAMBLE! 学園ヘヴン BOY”S LOVE HYPER!(岩井卓人)
野島 昭生(のじま あきお、1945年4月6日 - )は男性声優。シグマ・セブン所属。東京都出身。
息子が3人おり、長男の野島裕史、次男の野島健児ともに声優として活動している。
スラップスティック (バンド) スラップスティックのリーダーとしても活躍。
亜空大作戦スラングル(キャプテン・チャンス)
あらいぐまラスカル(カール)
英國戀物語エマ(リチャード・ジョーンズ)
おちゃめ神物語コロコロポロン(アポロン)
科学冒険隊タンサー5(赤井大地)
合身戦隊メカンダーロボ(敷島竜介)
さるとびエッちゃん(大平)
装甲騎兵ボトムズ(アロン)
∀ガンダム(シド・ムンザ)
宝島(アブラハム・グレー)
野沢 祐一(のざわ ゆういち、1957年7月9日-)は、新潟県出身のテレビリポーターである。株式会社圭三プロダクション所属、B型。
立正大学文学部哲学科卒業後、圭三プロダクション入社。主にテレビ番組のリポーターなどで活躍。現在「ザ・ワイド」(日本テレビ)リポーター。高校2種・中学1種教員免許、普通自動車運転免許、小型二輪免許あり。
フリーアナウンサー のさわ ゆういち
新潟県出身の人物 のさわ ゆういち
1957年生 のさわ ゆういち
野沢道生は美容師。美容室『ACQUA』所属。山野美容専門学校卒業。
『かたちと印象―ヘアスタイルでイメージを操作するための造形学』(新美容出版、2003年12月)
『AC´QUA STYLE―キレイについて僕が話そう』(扶桑社、1999年3月)
野沢 雅子(のざわ まさこ、1936年10月25日 - )は、東京都出身で群馬県沼田市育ちの女性声優・俳優。オフィス野沢所属・劇団ムーンライト主宰。本名:塚田 雅子(つかだ まさこ)。
声優としては代表作に、『ど根性ガエル』(ひろし)、『銀河鉄道999』(星野鉄郎)、『ゲゲゲの鬼太郎(1作目・2作目)』(鬼太郎)、『ドラゴンボール (アニメ) ドラゴンボール』(孫悟空 (ドラゴンボール) 孫悟空)等がある。
叔母の佐々木清野が松竹蒲田の女優であったことからその伝で、3歳から子役として映画デビュー。経営の厳しかった劇団の運営費を捻出する為に、声優業をはじめた。
声優業では、活動開始時から今日に至るまで少年役を数多く演じており、「永遠の少年」と称すファンもいる。『ドラゴンボールZ』では、孫ファミリー三役をはじめ劇場版を含めると計五役を演じた(後にOVA『戦-少女 イクセリオン』においても一人四役を演じている)。
野沢 尚(のざわ ひさし、1960年5月7日 - 2004年6月28日)は、日本の脚本家・推理小説家。愛知県名古屋市出身。日本大学芸術学部卒。テレビドラマの脚本で高い評価を受ける一方、ミステリー小説にも幅を広げた。 ビートたけし 北野武の映画監督デビュー作の脚本を手掛けたことでも知られている。
1997年 小説「破線のマリス」で第43回江戸川乱歩賞を受賞。
1997年 小説「恋愛時代」で第4回島清恋愛文学賞を受賞。
1999年 脚本「結婚前夜」・「眠れる森」で第17回向田邦子賞を最年少で受賞。
2001年 小説「深紅」で第22回吉川英治文学新人賞を受賞。
2002年 「反乱のボヤージュ」で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
野沢 那智(のざわ なち、1938年1月13日 - )は日本の男性声優・俳優・演出家。本名は同表記で「のざわ やすとも」。賢プロダクション所属。東京都出身。
声優業界の大御所の一人として知られ、あまたの洋画吹き替え・アニメ作品で声の出演、またラジオディスクジョッキー#ディスクジョッキー(司会者) DJ・ナレーターなどを手がける。父は作家の陸直次郎、姪はタレントの野沢直子、長男はミュージカル俳優の野沢聡。
国学院大学中退後、劇団「七曜会」に所属し舞台の世界へ。その後、劇団「城」、プロダクション「俳協」を経て、1977年劇団薔薇座を設立した。 役者、舞台プロデュース、舞台演出の傍ら、声優業でも活躍。
野沢直子(のざわなおこ、1963年3月29日 - )は、吉本興業所属のお笑いタレント。実の叔父に、声優・俳優・演出家の野沢那智がいる。
素人参加番組出身で1983年にデビュー。吉本興業に所属してからは突拍子もない話術、奇抜な服装などで人気を博した。同年代のダウンタウン、ウッチャンナンチャン、清水ミチコと出演したコント番組「夢で逢えたら (テレビ番組) 夢で逢えたら」などが代表番組。
1991年に単身渡米し(渡米理由は、ダウンタウン松本と共演した「夢で逢えたら」で、松本の洗練され、考えつくされたコントに衝撃を受けた為と本人がTVで告白した)バンド仲間で知り合ったギタリストのボブ・リンプと結婚した後は日本からアメリカに活動の舞台を移し、アメリカで舞台をしながら年に1-2度日本に帰国してゲスト、解答者としてテレビに出演し、大橋巨泉に次ぐ出稼ぎタレントとして有名である。現在は三児の母親でもある。アメリカ在住中でも吉本から給料は出ているらしく(真偽は定かではないが、本人談として日本で仕事をした場合は除き、月15万程度と話している)、年1度ほど帰ってきてはいろんな番組に出演して帰っていく。夫のボブと一緒にバンドとして出演したこともあったが演奏はガレージ・サウンドを地でいく破天荒さ(人はそれをメチャメチャという)だった。
野沢 太三(のざわ だいぞう、1933年5月6日 - )は、長野県上伊那郡辰野町出身の技術士、工学博士、政治家、元参議院議員・元法務大臣。「沢」の戸籍上の記載は「澤」。
東京大学工学部土木工学科を卒業後、日本国有鉄道に入社し、大阪鉄道管理局施設部長、長野鉄道管理局長、本社施設局長を歴任。一貫して技術畑を歩んでいたが、1986年、参議院議員選挙に比例区から自由民主党公認で出馬し初当選。当選後、北海道開発政務次官を出発点に、参議院では外務委員長、決算委員長を歴任。2002年10月18日、参議院日本国憲法 憲法調査会会長に就任。その後小泉再改造内閣で法務省 法務大臣に就任。第20回参議院議員通常選挙に出馬せず、参議院議員の任期は満了し、2004年9月27日、法務大臣を退任した(約2ヶ月間は民間閣僚扱いとなる)。
野澤 正平(のざわ しょうへい、1938年 - )は山一證券の最後の社長。長野県出身。1964年法政大学経済学部卒業後、山一證券入社。金融法人本部副本部長、名古屋支店長、専務取締役大阪支店長を経て1997年同社代表取締役社長に就任。現在は日産センチュリー証券株式会社代表取締役社長。
東京大学卒で大蔵省担当を経験した者しか社長になれなかった山一證券のなかで、私立大卒であり、一営業社員を振り出しに、たたき上げてきた人物。野澤が2600億円にも上る簿外債務の「飛ばし」のことを知らされたのは、社長に就任した後のことであった。前社長・三木淳夫と前会長・行平次雄の二人は、野澤らに問題を押し付けて退任したのである。野澤らは外資との提携や、規模縮小などで会社の存続を図ったが、もはや手遅れであった。株価の下落は止まらず、銀行の支援も喪い、最後には大蔵省にも見放される形で自主廃業を決定せざるを得なかった。
野崎 昌一(のざき・まさかず、1955年7月10日 - )は、昭和後期・平成期のフジテレビアナウンサー。
埼玉県浦和市(現在のさいたま市)出身。慶應義塾大学卒業後、1979年にフジテレビ入社(同期は近藤雄介アナ、堺正幸アナは4年先輩に当たる)。1987年よりフジテレビが全戦中継を開始した、フォーミュラ1 F1グランプリの記念すべき第1戦実況を担当。その後もスポーツアナとして活躍する傍ら、1988年の春の改編で「プロ野球ニュース」で佐々木信也に替わる平日の総合キャスターに起用された(ちなみに入社後初めての仕事は、佐々木信也時代の「プロ野球ニュース」の提供スポンサー読上げである)。2001年にアナウンス室から広報部に異動。現在は広報局広報部長。夫人は元フジテレビアナウンサー、現:共同テレビフリーアナウンサー松田朋恵。2児の父である。