佐々木幹郎(ささき みきろう、1947年-)は、日本の詩人。奈良県生まれ。同志社大学文学部中退。
1967年大手前高校卒業。高校時代は大手前高校社研(社会科学研究会)に所属し、当時から詩作に励んでいた。羽田闘争で死亡した山崎博昭とは同期である。
「蜂蜜採り」「中原中也」「都市の誘惑」「やわらかく、壊れる」「自転車乗りの夢」「詩人の老い方」「パステルナークの白い家」など。高見順賞、読売文学賞、サントリー学芸賞など受賞。写真の腕前はプロ級。日本において詩だけで自立している数少ない存在。
河内音頭
日本の詩人 ささきみきろう
佐々木守(ささき まもる、1936年9月13日 - 2006年2月24日)は、日本の脚本家、放送作家、漫画原作者。石川県出身。石川県立能都北辰高等学校、明治大学文学部日本文学科卒業。
明治大学では児童文学研究部に所属し、鳥越信、山中恒、古田足日らの児童文学研究誌「小さい仲間」の同人となる。
1961年に『戦国忍法帖』でラジオドラマの放送作家としてデビュー、教育映画作家協会の機関誌「記録映画」の編集者を経て、松竹を退社した大島渚監督が結成した独立系映画製作プロダクション「創造社」に参加。『絞死刑』など大島が監督する映画の脚本を手がけるようになる。
同時期には、大島の紹介で、当時東京放送(TBS)のディレクターだった実相寺昭雄と知り合う。佐々木と実相寺は意気投合し、特撮テレビドラマ『ウルトラマン』を初めとして、以後もコンビでの仕事を多く行なった。また、朝日放送ではプロデューサー・山内久司とのコンビで"脱ドラマ"を標榜した『お荷物小荷物』を世に送るなど、テレビの世界にも活躍の場を広げたが、子供向けドラマを中心に脚本を執筆。日本古代史や少数民族に着目した作品が多い。
佐々木昌信(ささき まさのぶ、1969年8月6日 - )は、セントラル・リーグのプロ野球審判員。群馬県出身。
群馬県立館林高等学校、大谷大学を経て、1992年、セントラル・リーグ審判員。審判番号は38。1995年5月5日の阪神タイガース対広島東洋カープ戦でデビュー。通算1017試合出場。日本選手権シリーズ 日本シリーズ1回・オールスターゲーム (日本プロ野球) オールスターゲーム2回の出場を誇る。若くして1000試合出場達成とキャリアもあり、幹部候補生の一人として、今後の活躍も十分に期待出来る。
熱心な仏教徒として一部で有名。仏のような慈悲の心にあふれたジャッジが持ち味。両手を使った個性的な球審時のストライクコールや立ち振る舞いが独特である。「和尚」のニックネームで親しまれているが現役としては珍しい存在である。