榎本加奈子(えのもと かなこ、本名:佐々木 加奈子(旧姓:榎本)、1980年9月29日 - )は、東京都港区_(東京都) 港区出身の元女優、元タレント。血液型はB型。左利き。日本音楽高等学校中退。夫は元横浜ベイスターズの佐々木主浩。
実家は白金_(東京都) 白金の米屋。
ロッテ「雪見だいふく」のテレビコマーシャル CMで清楚なキャラで出演後、安達祐実主演のテレビドラマ「家なき子 (テレビドラマ)#家なき子2 家なき子2」で、裕福な家のお嬢様、木崎絵里花役として共演しデビュー。「エリカが喩えてあげる」という台詞が特徴的なイジメ役を熱演。
「家なき子」出演後、連ドラ初主演の「おそるべしっ!!! 音無可憐さん」(鈴木由美子原作)では好きな男の子に一途なコスプレブリッコを、「犬猫」(主演)では内向的で恋愛に奥手な女の子を好演し、様々な役どころをこなしている。
榎園 実穂(えのきぞの みほ、1987年10月4日 - )は、女優。大阪府富田林市出身。リコモーション所属。血液型B型。
1999年後期NHK朝の連続テレビ小説『あすか (朝ドラ) あすか』でヒロインの少女時代を演じた。
NHK朝の連続テレビ小説あすか (朝ドラ) あすか 宮本あすか役
ドラマ30ふしぎな話
いのちの現場から
1987年生 えのきその みほ
日本の俳優 えのきその みほ
連続テレビ小説 えのきその みほ
榎木 洋子(えのき ようこ)は小説家。
友人の波多野鷹が小説家としてデビューしたことに触発され、小説家を志す。
1990年に「特別の夏休み」で第16回コバルト・ノベル大賞の読者大賞を受賞し、『リダーロイス・シリーズ1 東方の魔女』でデビュー。
その後コバルト文庫を中心に作品を発表する。
主にファンタジー作品を手がけ、デビュー作の「リダーロイス」、代表作の「龍と魔法使い」、最新シリーズの「緑のアルダ」はいずれも同じ、龍や精霊の存在する魔法世界を舞台とし、シリーズ間で共通して登場するキャラクターも存在する。
それ以外では現代日本を舞台とした伝奇的な作品、「女神降臨剣」、「影の王国」シリーズやライトSF風味な「STEP OUT」、「人魚姫」シリーズなどがある。
榎木兵衛(えのき ひょうえ、1928年3月1日 - )は、三重県出身の俳優。本名は、榎本兵衛。日活に所属。各映画に脇役として出演するが、その数は日活映画では最多の出演回数を誇る。特に、悪役では定評がある俳優である。テレビでは、松田優作作品での出演が多かった。
「新選組!」(2004年・日本放送協会 NHK)
「みんなのいえ」(2001年公開)
「THE 有頂天ホテル」(2006年公開)
日本の俳優 えのき ひようえ
1928年生 えのきひようえ
悪役俳優 えのきひょうえ
榎木 孝明(えのき たかあき、1956年1月5日 - )は、鹿児島県伊佐郡菱刈町出身の日本の俳優・水彩画家。
1978年劇団四季に入団、1984年NHK朝の連続テレビ小説 連続テレビ小説「ロマンス (朝ドラ) ロマンス」でテレビデビューを果たし、以来舞台やテレビ、映画、ラジオ等あらゆる分野で活躍している。
武蔵野美術大学出身ということもあり絵画に造詣が深く、北海道美瑛町・大分県九重町・鹿児島市にアートギャラリーを持ち、画集を出版するほか、日本各地のみならずインドやネパール等の国を旅をして美しい絵を残している。
映画「田中一村#映画 アダン」出演の際、五十嵐匠監督よりあばらが見えるほどの減量を相談され、15キロも減量したことがある。
江成 正元(えなり まさもと、1989年1月1日~)は東京都世田谷区出身の日本の俳優。
兄は俳優のえなりかずき。
『コメディーお江戸でござる』(日本放送協会 NHK) - 準レギュラーの子役として兄につづいて出演。
連続テレビ小説『さくら (朝ドラ) さくら』(NHK) - ヒロインの教え子の中学生役で出演。
新春かくし芸大会(フジテレビ、2005年) - 兄と一緒に「大奥女中絵巻」演目で出演
NHK将棋講座(NHK、2004年)-女流棋士 清水市代女流三冠(当時)を講師にむかえ、生徒として出演。
『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ放送網 NTV) - 兄・かずきと兄弟で出演。
金田一少年の事件簿 (テレビドラマ) 金田一少年の事件簿 -吸血鬼伝説殺人事件-(2005年 日本テレビ) - 貴船葉平役
江波杏子(えなみ・きょうこ 、1942年10月15日‐、本名:野平香純=のひら・かすみ)は、東京都出身。昭和後期・平成期(1960年代~)の女優。
天秤座のA型。
非公式だが「えなきょん」と呼ばれることもある。
稀にエナッチ、エナパイとも呼ばれることもある。
芸名の由来は
江波は母親の「江波和子」、
杏子は室生犀星の「杏っ子」から取ってつけた。
曾祖父が、最後に沖田総司をかくまった植木職人の柴田平五郎。
公式プロフィールでは身長161cmとなってるが、
実際は155cmと意外に小柄。
母・江波和子も戦前に映画女優として東宝で活躍し、その影響で高校生の1959年に大映入り。
江戸家 猫八(えどや ねこはち)は、動物の声帯模写をする物真似師。猫八の名は、8種類の猫の泣きまねをした江戸時代の物乞いの呼び名に由来する。
江戸家猫八 (初代)-(1868年-1932年4月6日)本名岡田信吉。もと歌舞伎役者で片岡市蔵門で片岡市之丞を名乗る女形だった。
江戸家猫八 (2代目)-(1912年-1986年5月25日)後に木下華声に改名。
江戸家猫八 (3代目)-(1921年10月1日-2001年12月10日)本名、岡田六郎。初代江戸家猫八の六男。
江戸川 乱歩(えどがわ らんぽ、男性、1894年10月21日 - 1965年7月28日)は、日本の推理作家、評論家である。本名は、平井太郎(ひらい たろう)。筆名は、アメリカの文豪エドガー・アラン・ポーをもじったもの。日本推理作家協会初代理事長を勤めた。
三重県名賀郡右名張町(現・名張市)に名賀郡役所書記の平井繁男・きくの長男として生まれ、亀山町、名古屋で育ち、小酒井不木に教授を受けた。祖父の代まで津藩士であった。小学生のころに母に読みきかされた菊池幽芳訳『秘中の秘』が、推理小説 探偵小説に接した最初であった。中学では、押川春浪や黒岩涙香の小説を耽読した。早稲田大学政治経済学部卒業後は貿易会社社員や古本屋、夜鳴きソバ屋などの仕事を経た後、1923年、『新青年 (日本) 新青年』に掲載された「二銭銅貨」でデビュー。初期は欧米の推理小説 探偵小説に強い影響を受けた本格探偵小説を送り出し、黎明期の日本探偵小説界に大きな足跡を残した。一方で、岩田準一とともに研究していた衆道の少年愛や少女愛、草双紙、サディズムやグロテスク趣味などへの志向も強く、これを活かした通俗的探偵小説は昭和初年以降当時の一般大衆に歓迎されたが、反面、本格作品執筆の意欲は衰えた。海外作品にも通じ、翻案性の高い作品として『緑衣の鬼』、『三角館の恐怖』、『幽鬼の塔』等がある。また少年向けに、明智小五郎と小林少年をはじめとする少年探偵団が活躍する作品『怪人二十面相』等を多数発表した。その他、探偵小説に関する評論(『幻影城』など)でも知られる。
衛藤 利恵(えとう りえ、1973年9月29日 - )は、東京都出身のシンガーソングライター。
日本人の父親と中国人の母親の間に生まれる。8歳の頃オーストリアに長期留学し、ウィーン大学で通訳を学んでいた時に日本のレコード会社からのスカウトを受ける。1994年11月30日『天使の微笑」で歌手デビューし、2000年10月1日には、amber名義で『high & low』をリリース。
その後もシンガーソングライター、放送パーソナリティーなどで活躍を繰り広げている。日本語、英語だけでなく、ドイツ語、フランス語、中国語などもこなす「バイリンギャル」でもある。
天使の微笑(1994年)
sometime something(1995年)
江藤俊哉(えとう としや、1927年11月9日 - )は、日本のヴァイオリン奏者。
4歳の時に父親に連れられて鈴木鎮一を訪れたが、これを契機にいわゆるスズキ・メソードが誕生したと言われる。1948年、東京音楽学校を卒業。その後、渡米しカーティス音楽院でエフレム・ジンバリストに師事した。1951年、カーネギー・ホールでリサイタルを行い、同音楽院卒業後は同音楽院の教授に就任した。また、日本人で初めてRCAと契約した。
1962年、帰国し、桐朋学園大学で指導に当たり、桐朋出身のヴァイオリニストはほとんど江藤氏の指導を受けている。
著書に「ヴァイオリンと共に」(音楽之友社)などがある。
衛藤 晟一(えとう せいいち、1947年10月1日~ )は、平成期の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員。大分県大分市出身。大分県立大分上野丘高等学校卒。
1970年 大分大学経済学部卒業。学生時代は別府大学の井脇ノブ子等とともに生長の家学生会全国総連合(生学連)で右翼学生運動に従事する。1973年 大分市議会議員に当選。1979年には大分県議会議員に当選。
1986年7月 衆院選に出馬するが落選。1990年2月 衆院選に初当選。以後3期連続当選するが2000年6月の衆院選では落選。2003年11月の第43回衆議院議員総選挙で復活当選を果たす。
2004年9月厚生労働副大臣に就任。しかし2005年7月5日の郵政民営化法案の衆議院本会議採決では反対票を投じたため副大臣を罷免される。このため、2005年9月11日の第44回衆議院議員総選挙では自民党の公認を得られず無所属で大分1区から出馬し3927票差で落選。
衞藤 瀋吉(えとう しんきち、1923年 - )は、東京大学名誉教授。専門は、中国を中心とする東アジア政治史。
旧満州生まれ。東京大学教養学部教授、青山学院大学教授、亜細亜大学学長、東洋英和女学院院長を歴任。
『無告の民と政治――新生日本外政論』(番町書房, 1966年)
『近代中国政治史研究』(東京大学出版会, 1968年)
『東アジア政治史研究』(東京大学出版会, 1968年)
『日本の進路』(東京大学出版会, 1969年)
『佐藤栄作』(時事通信社, 1987年)
『学長の鈴――偏差値より個性値』(読売新聞社, 1988年)
『二流のすすめ――21世紀をになう者』(講談社, 1993年)
『近代東アジア国際関係史』(東京大学出版会, 2004年)
江藤潤(えとうじゅん、1951年10月28日-)は、昭和後期・平成期の俳優。 実力派俳優
東京都に生まれる。現在は調布市在住。家族構成は妻と3人の息子。
バイクが好きで自宅の駐車場には数台の様々なバイクが所有されている。
明星大学中退後、当時黛ジュンの夫だった江藤勲(兄)のもとでベースやピアノを弾いている内、指揮者チャーリー石黒に見いだされ、1972年、歌手デビューするが、売れず、一時芸能界から離れる。
1975年、中島丈博脚本、黒木和雄監督の『祭りの準備』の主演に抜擢され、その好演で注目を浴びる。テレビドラマ『青春の門』の主役も務め、知名度を上げる。その後も、『帰らざる日々』、『純』、『鉄道員ぽっぽや』等の映画に出演し、好評を博した。また『水戸黄門』では大変常連である。
江藤 淳(えとう じゅん、1932年12月25日 - 1999年7月21日)は夏目漱石の研究などで著名な日本の文学評論家。本名は江頭淳夫(えがしら あつお)。生年を1933年とする資料もあるが、これは初期に上梓した本に誤って書かれた昭和8年という記述がそのまま流通したことによる。
戦後日本を代表する文学者で、保守派の論客として知られた。『漱石とその時代』(新潮選書)で菊池寛賞と野間文芸賞を受賞する。代表作『成熟と喪失』(講談社文芸文庫)は日本の近現代文学史 戦後文学を読み解く重要文献として重要視されている。また、『閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』・『一九四六年憲法-その拘束―その他』(文春文庫)などでGHQによる戦後日本のマスコミへの検閲、GHQの呪縛から脱却できない戦後民主主義を鋭く批判した。また、『海は甦る』は、薩摩藩出身の山本権兵衛が、開国からの大日本帝国海軍 日本海軍の誕生と創造を生きる中、日本という国家の産みの苦しみを描いたドキュメンタリータッチの小説として有名。1975年、第32回芸術院賞受賞。
江藤 智(えとう あきら、1970年4月15日 - )は、日本のプロ野球選手(内野手)。西武ライオンズに所属する。東京都東大和市出身。同じ都内の武蔵野市や東村山市を出身とする説もあるが、武蔵野市は母校の関東高校の所在地、東村山市は東村山リトルシニアの卒団生であることに由来する。
関東高校(現:聖徳学園高等学校 聖徳学園高校)(東京)では通算61本塁打を記録。「東の江藤、西の谷繁元信 谷繁」と言われるほどの強打の捕手として名を馳せた。その長打力を買われて1988年、ドラフト会議 ドラフト5位で広島東洋カープに捕手として入団した。しかし、その後肩の故障等により内野手に転向。主に三塁手を務め、広島の4番打者として、またセントラル・リーグを代表する長距離打者として、1993年にホームラン#最多本塁打 本塁打王、1995年には本塁打王と打点 (野球)#最多打点 打点王の二冠を獲得するなど活躍。1994年8月には月間16本塁打の日本タイ記録、1999年8月12日の対横浜ベイスターズ戦では1試合10打点のセ・リーグタイ記録をマークした。
エド 山口(えど・やまぐち、1948年7月9日-、本名・武東 郁夫(むとう いくお))は、東京都中央区_(東京都) 中央区築地出身のタレント。エレキギター エレキバンド_(音楽) バンド「エド山口&東京ベンチャーズ」のリーダーでもある。
モト冬樹の実兄。釣り好きとしても有名。
ベンチャーズに影響を受けてギターを知り、高校時代にセミプロ的活動ののち、大学時代には横浜市 横浜でジャズベースギター ベースを勉強し、帰郷してすぐ、弟(モト冬樹)らとソウルバンド『ブルーエンジェル』を結成。当時のメンバーにはエド、モトのほか、グッチ裕三らがいる。
1982年、『お笑いスター誕生』(日本テレビ系)で19週連続勝ち抜き入賞し、ソロデビューを果たす。以後、テレビ・ラジオを中心にタレント、俳優、ミュージシャンとして多岐にわたり活躍。