夢枕 獏(ゆめまくら ばく、男性、1951年1月1日 - )は、神奈川県小田原市生まれの小説家、エッセイスト、写真家。神奈川県立山北高校・東海大学文学部日本文学科卒業。
本人曰く、「エロスとバイオレンスとオカルトの作家」で、密教ネタを散りばめたエログロの伝奇バイオレンスや、ひたすら男たちが殴り合う本格格闘小説を得意とする(もっとも商業デビュー直後から得意ジャンル一本槍では当然の事ながら無く、集英社コバルト文庫他で少女向け小説やジュヴナイル・ノベルなども執筆している)。漫画の原作となった作品は数多く、中でも『餓狼伝』は谷口ジロー、板垣恵介という実力派に漫画化された。『BSマンガ夜話』の準レギュラーでもある。
夢野 久作(ゆめの きゅうさく、1889年1月4日 - 1936年3月11日)は、日本の小説家、SF作家、推理作家 探偵小説家、幻想文学作家。
本名は杉山 泰道(幼名直樹)、福岡県福岡市出身。父は玄洋社系の国家主義者の大物、杉山茂丸。息子にインド緑化の父と言われる杉山龍丸がいる。
日本探偵小説三大奇書の一つに数えられる畢生の奇書『ドグラ・マグラ』をはじめ、怪奇味と幻想性の色濃い作風で名高い。またホラー的な作品もある。
福岡県立修猷館高等学校 福岡県立中学修猷館から慶應義塾大学文学部に入学するが、大正2年(1913年)、父茂丸の命により中退することとなり、福岡の農園を営む。その後、大正4年(1915年)に出家し、杉山泰道と改名した。しかし、2年ほどで還俗してまた農園経営に戻り、謡曲喜多流の教授、九州日報の新聞記者を経て、ルポルタージュや童話を書くようになった。
夢路 いとし(ゆめじ いとし、1925年3月27日 - 2003年9月25日、本名:篠原博信(しのはら ひろのぶ))は、実弟である相方・喜味こいしとの「しゃべくり漫才」で上方演芸界にその名を知られる漫才師である。神奈川県横浜市出身。
上方漫才界の人物であるが横浜市出身なのは、一家が旅回りの芸人一家であった為、たまたま横浜で生を受けたという事情によるものである。横浜以外にも、全国津々浦々の地を少年時代からまわっていた。
デビューは1940年で、当時のコンビ名は「荒川芳博・芳坊」。師匠は荒川芳丸。
1948年に「夢路いとし・喜味こいし」に改名。以後、上方漫才の第一人者として50年余の長きに渡り第一線で活躍。
夢輝 のあ(ゆめき のあ、3月23日 - )は、元宝塚歌劇団星組 (宝塚歌劇) 星組男役スター。愛称「ねったん」。北海道室蘭市出身。
1990年 - 宝塚音楽学校入学
1992年 - 3月2日、78期生として宝塚歌劇団入団。同年、雪組「この恋は雲の涯まで」で初舞台
1993年 - 1月9日付けで雪組 (宝塚歌劇) 雪組に配属
1998年 - 1月1日付けで宙組 (宝塚歌劇) 宙組に組替え
1998年 - 4月14日宙組公演「エクスカリバー 窶粕・オき騎士たち窶煤v宝塚大劇場新人公演にて新人公演初主演
1998年 - 7月28日同宙組公演「エクスカリバー 窶粕・オき騎士たち窶煤vTAKARAZUKA1000days劇場新人公演初主演
1998年 - 11月17日宙組公演「エリザベート (ミュージカル) エリザベート 窶蝿、と死の輪舞窶煤v宝塚大劇場新人公演でトート役で主演
弓長起浩(ゆみなが たつひろ 1967年7月5日-)は大分県出身。阪神タイガースでプレーしたプロ野球選手(投手)。左投左打。
大分県立国東高等学校 国東高校、亜細亜大学、熊谷組を経て1991年ドラフト3位で阪神に入団。1年目から中継ぎ投手としてフル回転し、以降も中継ぎとして1990年代の阪神を支えた。1998年には58試合に登板し、防御率1.69、セントラル・リーグの最多登板を達成した。
1軍登板全試合がリリーフによるものである。2002年オフに戦力外通告を受け、自由契約となりそのまま引退。引退後、鳥取県でスポーツトレーナーとしての勉強を始めた様子が山陰の地方紙で伝えられ、現在も継続中のようである。
弓 恵子(ゆみ けいこ、1936年10月22日 - )は、日本の俳優 女優。本名、安藤 瑛子(あんどう えいこ)。
父は大映の名脇役・潮万太郎。1955年、立教大学女学院高等部在学中に光丘ひろみの芸名で東宝「赤いカンナの花咲けば」でデビュー。その後、父と同じく大映に所属。父親との縁から伊藤大輔監督に可愛がられ、弓恵子の芸名をつけてもらう。1960年に出演した「東海道ちゃっきり娘」で人気が出た。その後も「磯しぶき源太」「この青年にご用心」などでコンスタントな活躍を見せた。1969年以降はテレビに活躍の場を広げ、TBS「水戸黄門」第1部でのお蝶役をはじめ悪女役で精彩を放った。弟の柴田昌宏と柴田侊彦も俳優。悪役俳優の故・宮口二郎の妻でもあった。
由美 かおる(ゆみ かおる、1950年11月12日~)は、日本の女優。本名:西辻由美子。兵庫県川西市出身。血液型B型。身長157cm。体重44kg。B86cm w58cm H86cm。私立梅花高校中退。
中学生の時から「西野バレエ団」に入団し、以後、女優として活躍。抜群のプロポーションと愛らしい風貌で人気を集める。1967年、音楽番組『レ・ガールズ』(日本テレビ放送網 日本テレビ)で、金井克子と奈美悦子らと共演し、ミニスカート姿で歌って踊るシーンが話題を呼んだ。
1986年より人気時代劇『水戸黄門 (テレビドラマ) 水戸黄門』に「かげろうお銀」役でレギュラー出演。番組の中で披露される入浴シーンは名物となり、現在でも「疾風のお娟」と名前を変えて活躍している。ちなみに水戸黄門には「かげろうお銀」役以前から何度もゲスト出演をしていた。合気道4段の猛者でもあり、劇中では今尚華麗なアクションでお茶の間を楽しませているアクション女優としての一面もある。
湯舟 敏郎(ゆふね としろう、1966年10月8日 - )は、大阪府貝塚市出身のプロ野球選手(投手)。左投げ左打ち。
興國高等学校 興国高校では左翼手としてクリーンナップを打つ。その後は奈良産業大学に進学、野球部の第一期生となり、エースとして活躍。2年春に1部リーグに昇格、同年秋には優勝を飾り、そのシーズンから近畿学生野球連盟 近畿学生5連覇を果たす。4年次には第17回日米大学野球選手権大会 日米大学野球選手権の日本代表に選出される(メンバーは後のチームメイトとなる葛西稔ら)。
大学通算26勝2敗と圧倒的な成績を残し、1989年にホンダ鈴鹿硬式野球部 本田技研鈴鹿に入社。1年目からNTT西日本硬式野球部 NTT東海の補強選手として都市対抗野球 都市対抗に出場する活躍を見せるが、野茂英雄がエースの新日鉄堺の前に初戦敗退。同年、野茂らとともに全日本代表に選出されるが、これは後に「あの年の代表ならプロの力を借りずとも世界で戦えただろう」と言われた伝説の最強チームとなった。翌年はエースとしてチームを都市対抗出場に導き、社会人野球日本選手権大会 社会人野球日本選手権にも出場。ベスト8進出を果たし、2年連続で全日本代表に選出される。
湯原麻利絵(ゆはら まりえ、1978年12月4日 - )は東京都出身のタレント。愛称は「マリマリ」。血液型O型
1996年、集英社『週刊ヤングジャンプ ヤングジャンプ全国女子高生制服コレクション』グランプリを受賞。同年「めざましテレビ」でTVデビュー。2001年8月から2年弱、「王様のブランチ」でリポーターを務める。
長期にわたってパチスロ雑誌で連載をし、最近はパチスロ店の一日店長イベントを全国各地で開催している。
XANADU loves NHCの福之上真友と生年月日が同じ。
めざましテレビ(フジテレビ、1996年~1999年)
江角マキコの恋愛の科学(フジテレビ、1999年1月~3月)
王様のブランチ(東京放送 TBS、2001年8月~2003年6月)
湯原 昌幸(ゆはら まさゆき 本名・桜井 昌幸 1947年3月5日 - )は、茨城県牛久市出身の歌手、俳優、レポーター、パネラーなどをこなすマルチタレント。日本大学鶴ヶ丘高等学校卒、日本大学芸術学部放送学科中退。血液型B型。
妻は、女性タレントの荒木由美子(本名・桜井由美子)
1964年、「ホイホイ・ミュージックスクール」(日本テレビ放送網 日本テレビ)への出演がきっかけで、バンド (音楽) バンド・「スウィング・ウエスト」に入り、ボーカルとして歌の腕を磨き、MCも担当する。
1971年、ソロデビュー曲である「雨のバラード」が120万枚を超す大ヒット。一躍、歌手としての人気が出る。しかし、その後は本業としていた歌手としての人気が低迷。数々の曲を発表するが、なかなか売れない時期が続く。
柚希 礼音(ゆずき れおん)は宝塚歌劇団星組 (宝塚歌劇) 星組の若手男役スター。身長172cm。大阪市出身。愛称は「CHIE」。
9歳のとき、「仲のよかった友達がバレエを始めて遊んでくれなくなったので」という単純な動機からバレエを始める。当時から背が高く、小学6年生のときに一度バレエ教室の講師から宝塚志望をすすめられるが、当時は興味がなかった。
その後もバレエに打ち込み続けるが、四天王寺高校在学中に背が伸びすぎ、
:「このままでは海外留学か宝塚の男役しかない」という状況に追い込まれた。
:本人も両親も宝塚歌劇 宝塚を観たことがなかったが、両親がなぜか熱心に宝塚音楽学校受験を勧めるので、宝塚歌劇を観に行ったらその魅力に心ひかれて受験を決意。