安藤 和津(あんどう かづ、女性、1948年3月6日 - )は、東京都出身の随筆家 エッセイスト、タレント。祖父は元内閣総理大臣の犬養毅で、父は元法相の犬養健。母は柳橋の芸者で料亭「をぎの」の経営者の荻野昌子。評論家の犬養道子は異母姉で、国際協力機構(JICA)理事長の緒方貞子は従姉の娘にあたる。
学習院初等科・女子中等科・女子高等科卒。上智大学文学部独文科卒業後2年間の英国留学などを経て、1979年俳優の奥田瑛二と結婚。
TVリポーターやニュースキャスターとして人気を集めた。元Cable News Network CNNキャスター。現在では2人の娘の母として、女性の生き方、身近な環境や生活などをテーマに、講演会、コメンテーターなど幅広く活躍中。また、一時期ニッポン放送「テレフォン人生相談」のパーソナリティを務めていたこともある。
安生 洋二(あんじょう ようじ、1967年3月28日- )は、日本のプロレスラー・プロ格闘家である。東京都杉並区出身。
少年時代をニュージーランドで過ごす。埼玉県立和光高等学校卒業後第一次UWFに入門し、1985年7月8日、広島県立体育館での星名治戦でデビューした。第一次UWFが興行活動を停止後、UWF軍として新日本プロレスに属したが、のち第二次UWFの設立に参加。第二次UWF解散後はUWFインターナショナルに加わり、選手として戦う傍ら、団体経営にも携わるようになる。特に、堪能な英会話力を生かして、外人レスラーとの折衝にあたった。また、道場での強さを評して「ラッパ先生」と呼ばれた。スパーリング中に相手の鼻・口の上に乗ることにより息をさせなくする安生の得意技があり、練習生が必死に息をしようとするとその音がラッパを吹いているように聞こえることに由来する。
安寿 ミラ(あんじゅ みら、1960年3月30日 - )は、日本の俳優 女優。本名、馬場 貴子(ばば たかこ)。
フライングボックス所属。
元宝塚歌劇団花組 (宝塚歌劇) 花組のトップスターとして知られ、退団後は振付家ANJUとしても活動している。
長崎県長崎市出身。愛称ヤン。姓が「ばば」だったので当初の愛称ババやんから転じたものという。
5歳からバレエ#クラシック・バレエ クラシック・バレエやジャズダンスを始める。活水女学院高校卒業後、1978年に宝塚音楽学校に入学。全日空(地上職勤務)採用内定を蹴っての入学だったことでも知られる。
1980年、第66期生として宝塚歌劇団に入団し『恋の冒険者たち/フェスタ・フェスタ』で初舞台。花組に配属。
安西 祐一郎(あんざい ゆういちろう 1946年8月29日-)は慶應義塾長(2001年 -)兼同大学理工学部教授、工学博士。慶應義塾の塾長とは、慶應義塾大学の学長と、学校法人慶應義塾の理事長を兼ねる。専門領域は情報学 情報科学・認知科学・知的社会基盤工学。
趣味はスポーツ(特にラグビー、スキー、テニス)、読書、クラシック音楽鑑賞。座右の銘は「一期一会」。
1962年 慶應義塾普通部卒業
1965年 慶應義塾高等学校卒業
1969年 慶應義塾大学工学部応用化学科卒業
1971年 同大学工学部管理工学科助手(縲鰀1979年)
1974年 同大学大学院工学研究科博士課程修了(管理工学専攻)
1976年 カーネギーメロン大学博士研究員(縲鰀1978年)
安西 ひろこ(あんざい ひろこ、1979年2月9日 - )は、日本の俳優 女優、タレント、モデル (職業) モデル。本名、安西 紘子(あんざい ひろこ)。
神奈川県相模原市出身。アーティストハウス・ピラミッド所属。愛称は"ひろ"、"ひろぽん"、"あんぴろ"など。身長157.3cm、B89、W62、H90。
1996年、グラビアアイドルとして芸能界デビュー。1990年代後半までにたくさんの雑誌の巻頭グラビアや、数多くの水着写真集を出版。テレビのバラエティー番組などでも活躍していたが、1999年、ティーンズ雑誌のファッションモデル モデルに転向、ファッションを中心とした写真集などを出版して活躍する。現在人気歌手の浜崎あゆみとともに、女子中高生のカリスマ的ファッションリーダーとして人気を集めた。2000年以降には浜崎と同じくエイベックスから歌手としてコンパクトディスク CDデビュー。また、女優としても各テレビ局のドラマに出演。
安斎 肇(あんざい はじめ、1953年12月21日 - )は、東京都出身のイラストレーター、デザイナー、ソラミミスト、三せん運動家(後述)。
長髪がトレードマーク。
画家、安斎知治郎の息子。立命館大学教授の安斎育郎は叔父。桑沢デザイン研究所修了。雑誌「レコード・コレクターズ」の表紙装丁、JA共済「しあわせ夢くらぶ」、日本航空のリゾッチャ、象印マホービンの企業キャラクター、新型テレビ(福岡放送 FBS福岡放送)キャラクターデザイン、前長野県知事田中康夫の個人キャラクターである「やっしー」のデザインなどを手がけている。しかし、テレビ朝日の「タモリ倶楽部」のコーナーである空耳アワーでのソラミミストとして出演している方が本業以上に一般的に知られている。空耳アワー史上屈指の傑作として「農協牛乳!」(プリンスの「BATDANCE(:en:Batdance)」より・本来の歌詞は「Don”t stop dancin”」)があるが、農協牛乳のパッケージデザインには、安斎が在籍していたデザイン事務所が携わっている。
安斎育郎(あんざい いくろう、1940年4月16日 -)は、立命館大学名誉教授、立命館大学国際平和ミュージアム館長。専門は、放射線防護学、平和学。
東京都生まれ。東京大学工学部卒業、同大学大学院を修了し、工学博士号を取得。東京大学医学部助手、立命館大学経済学部教授を経て、1988年から立命館大学国際関係学部教授。趣味は奇術 マジック(東大奇術研究会部長だった)。
擬似科学やオカルトを批判する「Japan Skeptics ジャパン・スケプティクス」の元会長(2006年に会長を辞任した)。世の中のさまざまな事象にだまされないよう、頻繁にメディア出演をしたり全国を講演行脚したりして、人々に警鐘を鳴らし続けている。そのためか一時、オウム真理教から名指しで批判されたこともある。オカルト批判や精力的な講演・執筆活動を行なうのは、「教師」として、自らの趣味のマジックや豊富な人生経験から得た知識(物理学・原子力関係・医学関係など)を少しでも役立てて、騙されている人たちを救いたいという信念からである。勤務している立命館大学をはじめとした教育機関や地方自治体での社会講演だけでなく、企業や宗教界でも啓発活動(研修・シンポジウムなど)を積極的に行っている。
安西 篤子(あんざい あつこ、1927年8月11日 -)は、日本の小説家。神戸市生れ。神奈川県立第一高等女学校(現神奈川県立横浜平沼高等学校)卒。
幼少時をドイツ、中国で過ごす。中山義秀に師事して小説を書き始め、『張少子の話』で直木三十五賞 直木賞。1993年には『黒鳥』で女流文学賞を受賞した。
1964年 『張少子の話』で第52回直木三十五賞 直木賞
1993年 『黒鳥』で第32回女流文学賞
1994年 神奈川文化賞
日本の小説家 あんさい あつこ
直木賞受賞者 あんさい あつこ
淡谷 のり子(あわや のりこ、本名:淡谷のり、女性、1907年8月12日 - 1999年9月22日)は、青森県青森市出身の歌手。日本のシャンソン界の先駆者であり、代表曲から「ブルースの女王」と呼ばれる。デビュー当初は、綺麗なハイトーンで素直な歌唱だったが、やがて、妖艶なソプラノで昭和モダンの哀愁を歌った。最近では音楽的な側面から「淡谷のり子=ブルース」という表現に【異議あり】という意見も少なからず見受けられるようになってきた。津軽ジョッパリ(強情張りの意)を地でいく反骨精神に支えられた戦前・戦中・戦後の歌手活動や、終生変えることのなかった津軽弁を話す歌手として知られた(正確に言うと、話す言葉は標準語なのだが、イントネーションが津軽人特有のものだった)。
粟屋 敏信(あわや としのぶ、昭和元年(1926年) ‐ )は、昭和・平成期における日本の政治家。官僚。
建設省 建設事務次官を経て、
昭和61年の総選挙で、旧広島1区から自民党公認で出馬し初当選。連続当選5回。
衆議院地方行政委員長等を歴任するが、平成15年に政界を引退する。
広島県出身。
自由民主党_(日本) 自由民主党
新生党、新進党、太陽党、民政党、無所属の会
日本の国会議員 あわや_としのふ
広島県の政治家 あわや_としのふ
日本の官僚 あわや_としのふ
粟屋 剛(あわや つよし、1950年 - )は生命倫理学者である。
山口県美祢市生まれ。日本医事法学会、日本生命倫理学会、日本法社会学会、日本法医学会、国際生命倫理学会などに所属する生命倫理の第一人者である。現在は岡山大学大学院医歯薬学総合研究科教授。
1973年 九州大学理学部化学科卒業
1983年 西南学院大学大学院 博士 法学 満期退学
1981年4月 宇部短期大学助手
1983年4月 同専任講師
1988年4月 同助教授
1990年4月 徳山大学経済学部助教授
1995年4月 同教授
2002年4月 岡山大学大学院教授
粟屋憲太郎(あわや けんたろう, 1944年-)は、日本の歴史学者。専門は、日本現代史、とくに東京裁判の研究で知られる。
東京大学文学部卒業後、同大学大学院人文科学研究科修了。神戸大学講師・助教授を経て、現在、立教大学文学部教授。
『昭和の歴史(6)昭和の政党』(小学館, 1983年)
『東京裁判論』(大月書店, 1989年)
『未決の戦争責任』(柏書房, 1994年)
『十五年戦争期の政治と社会』(大月書店, 1995年)
『現代史発掘』(大月書店, 1996年)
『東京裁判への道(上・下)』(講談社[講談社選書メチエ], 2006年)
(田中宏・三島憲一・広渡清吾・望田幸男・山口定)『戦争責任・戦後責任――日本とドイツはどう違うか』(朝日新聞社[朝日選書], 1994年)